35 第四皇女と絡まる思惑。
「聖女グレーテ様と、隣国リスカリス王国の王弟シャール殿下とのご結婚が、そもそもの発端だったと僕は考えているんだ……」
「グレーテ様の、ですか?」
「ああ、そうだよ」
ラファエルお兄様とアマリア様の “結婚の儀” の後に行われている晩餐会の席で突如始まった、私たちの従兄弟でもあるレーヌ公爵家のローレンス様のお話は、私の想像の遥か斜め上をいっていたわ。
最初私は隣に座っている弟のジョルジュに「クロエお姉様とヘンリエッタお姉様がラファエルお兄様の結婚のお祝いの晩餐会に居ないのね」って話をしたのだけれど……。
まさかお二人がここに居ない理由が「聖女を引退させないため!」だったなんて。その上、グレーテ叔母上様の結婚話まで絡んできたわ。
「グレーテ様が、どうして関係してくるのです?」
「グレーテ様は聖女としての力は弱まってはいらしたが、その力を全て失ったから引退されたわけではないのだろう?」
「確かに、そうですね。ある年齢(←それが40歳だってことを私は知っているけど、ここでは言えないものね)を機に引退されたのだと伺いました」
「それが許されたのは、グレーテ様が元皇女だったかららしいよ」
「そうなのですか?」
「その上、シャール殿下が長年グレーテ様に求婚していたのは有名な話で、あれ以上長くは聖教会としても引き留められなかったそうだから」
「……お詳しいのですね」
「あー。さっきも言ったけれど、これって結構有名な話だよ?」
どういうこと? ジョルジュも私の横でうんうん頷いているじゃないの!?
「他国の王族からの求婚って、本来は国家間の問題であって、正教会が口を出すべきじゃないって考える貴族は多いんだ」
「えっ? そうでしょうか? 国家間の問題でもないと思いますわ!」
「えっと、ルイーズ?」
「結婚は、国家間の問題ではなく、本人たちの問題だと私は思います!」
「あ、ああ。まあ、確かにそうだね。って言うか、僕が言いたいのはそこじゃなくてだね……」
ローレンス様は苦笑いを浮かべていらっしゃる。
「姉上! しばらく黙っていて貰えますか? 僕は、ローレンス兄様の話を聞きたいです!」
「……えっ? はい、ごめんなさい」
「ありがとう、ジョルジュ。じゃあ、続けるけど……」
ローレンス様の話では、貴族の結婚というものは(私が主張したような、当人たちの意思よりも)家同士の繋がりを強固にするためのものなのだそうよ。
お祖父様とお祖母様、お父様とお母様、アデルお姉様とヘンリーお義兄様、ラファエルお兄様とアマリア様のように、お互いに好き合って結婚するのが普通のことなのだと思っていたけれど……。実際はそうでもないらしいわ。
身分や条件の合う人がたまたま自分の好きな人だったら、それは凄く運が良いことなのですって。
そう言われて思い出してみれば……。
社交デビューしてすぐの舞踏会では、ご令嬢を連れたご両親が、独身の男性のところへ順に挨拶をしに行っている姿をあちこちで見かけたわね。
つまりあれって、娘の結婚相手を探していらしたってことなのかしら?
この国は圧倒的に女性の数の方が多いから、息子に恵まれなかった家は、婿養子を迎えて家を存続させなくてはならないものね。私の侍女のジネットの家のように。
「既に皇王家にはラファエルとジョルジュが居るから、婿養子は必要無いよね。そうなるとクロエ様とヘンリエッタは、結婚相手としては素晴らしい存在なんだと思うんだ、跡取り息子を持つ高位貴族からしてみたら。婚姻を結ぶことができれば皇王家との強い繋がりを持つことになるし、領地ではわざわざ聖教会を通さずとも、聖女の力を奮って貰えるだろう?」
「そうですね! 確かにローレンス兄様の言う通りだと思います!」
ジョルジュは、すっかりローレンス様に心酔しちゃってるわ。
まあ確かに、言われてみれば、そういう考え方もあるかもしれない。
アデルお姉様が嫁がれたヴィンガル公爵家はセシリアお祖母様のご実家だから……。もともと五大公爵家の一角だし、お姉様は今とてもお幸せそうに見えるし、そんな思惑があったとは思いたくないわ。
じゃあ、今目の前に座っていらっしゃるローレンス様は?
レーヌ公爵家も五大公爵家。お母様のご実家よね……。ローレンス様は跡取り息子よ!
「何をそんなに難しい顔をして考え込んでいるんだい? おチビちゃん」
「まあ、私はもうおチビちゃんではありませんわ!」
相変わらずローレンス様は意地悪です!
「それにね、聖教会がクロエ様とヘンリエッタをさっさと教会に連れ帰ったのは、対高位貴族対策だけでないと思うんだ」
「そうなのですか? 他にも理由が? ローレンス兄様、それは何ですか?」
「たぶん、他国の王族から求婚されることを恐れたんだと思う。ほら、今日は祝いのために他国からも大勢の訪問客が来ているだろう?」
「他国?」
「そうだよ、ジョルジュ。もし万が一他国の、それも王家から、皇女であり聖女でもあるお二人に婚約の申し入れがあったとしたら?」
「父上は断らない?」
「皇王陛下が断らないかどうかは僕には分からないけれど、少なくとも検討はするよね? だから、そうならないように、聖女に他国の王族が目を付ける隙を与えないために、聖教会はお二人を聖堂では王家の席にも座らせなかったし、この晩餐会にも参加させないんだと思う」
既に聖女引退後ではあったが、グレーテ様がリスカリス王国へ嫁いでいる事実がある以上、他の国が聖女欲しさに婚約の打診をしてくる可能性はある。
聖教会としては第2、第3のグレーテ様を絶対に出したくないと考えているだろうとローレンス様は仰った。
「クロエ様は、既に今現在かなり力のある大聖女様だ。絶対に聖教会としては絶対に失いたくないだろうし、手放すとも思えない。それは他国の王家も分かっているんじゃないかな」
「だとしたら、他国の狙いは……ヘンリエッタ姉上ですね?」
「そうだね。ジョルジュはなかなか賢いね」
「ありがとうございます!」
はぁぁぁ。
あんなに素敵過ぎるラファエルお兄様とアマリア様との “結婚の儀” を見たすぐ後に、まさかこんなにドロドロとした話を聞かされることになるとは思ってもみなかったわ……。
早くデザートが運ばれて来ないかしら。
「……ズもだよ? 聞いてる?」
「えっ? 何ですか?」
「ははは。やっぱり聞いていなかったね」
「ローレンス兄様。ルイーズ姉上はこの感じが通常運転ですから!」
「まあ、失礼ね、ジョルジュ!」
「だって、本当のことでしょ?」
「そんなことないわよ。それで、何のお話でしたか? ローレンス様?」
「ん? 改まって言い直す程の内容でもないのだけれど……。まあ、良いか。ルイーズだって、聖女ではないけれど、社交デビューした以上、そういった打診が来る可能性はあるんじゃない? って話だよ」
「そういった打診?」
「そう。婚約の申し入れとかね」
◇ ◇ ◇
「その可能性はあると私も思いますわ。ただ、今すぐにどうこうということは無いのではないかしら」
「ジネットは、どうしてそう思うの?」
「陛下がお許しになるとは思えませんもの」
晩餐会の後の舞踏会も無事に終わり、私は部屋に戻ってジネットに寝る支度を手伝って貰いながら、ローレンス様から聞いた話をしているところなんだけど……。
「お父様が許さない?」
「ええ、そう思います。だって、晩餐会の席次もルイーズ様の周りはお身内で固めてらしたようですし、舞踏会でも、結局は数人としか踊らなくても済んだのでしょう?」
「そうなのよ! ジョルジュとローレンス様とお祖父様とラファエルお兄様とお父様と、えっと後は誰だったかしら……」
「ほら。そういうことですわ」
「ん?」
「陛下は、ルイーズ様を直ぐにお嫁に出す気は無いってことです。私も、その方が良いと思いますわ。いろいろな意味で!」
「えっ? それってどういう意味?」
「特に深い意味なんてありませんわ。さあ、今日はお疲れでしょう? 今、ホットミルクをお持ち致しますね」
「あ、それなら」
「いつものように蜂蜜入りですよろしいですね?」
「そう! それから……」
「焼き菓子は明日の朝まで我慢して下さい! こんな時間にお菓子を食べるなんて、以ての外ですわ。本来でしたら蜂蜜だって……」
「分かった! 分かりました! 焼き菓子なんて言わないから、蜂蜜だけはお願い! できればたっぷりね♪」
お越し頂き & お読みいただき、ありがとうございます♪
この作品は、ちょっとゆっくり目の更新になりそうですが、続きが気になる! と思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします!
思わず嬉しくなって、更新ペース上がっちゃう……かも?
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。




