32 第四皇女の社交デビュー。
「さあ、さあ、ルイーズ様。急いで下さい。そろそろお部屋へ戻ってお着替えをなさいませんと! このままではラファエル様をお待たせしてしまうことになりますよ!」
「分かっているわ、ジネット。もうちょっとで終わるから!」
「ああ、もう! なにもこんな大事な日にまで、研究室に来る必要が本当にあったのですか?」
「だって……。あっ、見て! 終わったわ」
「姫様。残りの作業は儂がやっておきますから、さっさと戻られた方が良いですよ」
「そう? そうよね! じゃあエルガー、後はお願いするわね!」
◇ ◇ ◇
何故私の筆頭専属侍女のジネットと、庭師兼 “チームルイーズ” のメンバーのエルガーが、こんなにも私を急かしているのかと言うと……。
実は今日これから、お城の大広間で “社交界デビューの舞踏会” が開かれるのです。
グルノー皇国では、こういったお披露目の舞踏会が年に3回行われているの。
だいたい16歳から18歳までの貴族の令嬢がお城にやって来て、まずは大勢が注目する中、皇王陛下に謁見するのよ。
どんな風に謁見が行われるかを、簡単に説明するわね。
参加した令嬢は自分の名前が皇室長から呼ばれるのを、緊張しながらひたすら待ちます。
名前が呼ばれたら皇王陛下の前にゆっくりと進み出るのよ。令嬢らしく歩いてね。緊張のあまりドレスの裾を踏んで転ばないよう気を付けて!
陛下の前に到着したら、その場でドレスの両側を摘んで軽く持ち上げ、片足を引いてもう一方の膝を折り、深く頭を垂れて、そのまま待つのよ。
そうしたら陛下が皇笏を貴女の左肩にそっとあててお言葉をかけて下さるから、お返事をしてね。
それで終わり。つつがなく終了よ。
一生に一度のことだから、緊張してしまうのは仕方がないと思うけれど、そんなに難しく考えることはないわ。
と言っても、これは全て受け売りなのだけれど。
だって、そうでしょ? 私だって今からデビューするのですもの。
ちなみに男性の場合は年齢はあまり関係ないそうよ。
親がタイミングを見計らって息子をお城に同行させて、皇王陛下にご挨拶をすることで、それ以降は一人前と認められるのですって。なんだか、簡単で良いわね。
部屋に戻ると、大勢が私の到着を待ち構えていたわ。
すぐにお着替えです。
この日の為に用意されたドレスは、白を基調に薄いグリーンを差し色にした、裾の長い清楚でいて、とても豪華なもの。繊細なボビンレースと、美しい刺繍がとっても素敵!
この国の社交デビュー用のドレスは、基本的に白を基調にした裾の長いものが一般的よ。
そこに好きな色を部分的に取り入れるの。刺繍だったり、リボンだったり。
今日の私のドレスの場合は、お母様が淡い緑色が良いと選んで下さったもの。私は “緑の手” の持ち主なので、緑色を差し色として使うことが多いわ。
「はぁぁぁ。なんて素敵なんでしょう!」
「そう? ありがとう」
「これでしたら、ちゃんと皇女殿下に見えますね」
「ん? ジネット? 今、なんて?」
「……とっても素敵ですわ。ルイーズ様!」
なんだか今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような気がしたのだけれど?
でも、確かに普段私が好んで着ているのは動きやすいドレスが多いし、“土いじり” はするし……。
自分でも、私が皇女らしくないということは認めるわ。
「まあ、ちい姫。今日のお姿は本当に素敵ですわ!」
「王妃様がお選びになられたお衣装が、良くお似合いになって……」
「この見事な金色のお髪も! 普段のふわふわと揺れる髪もとても愛らしいですが、今日のようにきちんと結い上げた髪もとてもお似合いですわね」
「ルイーズ様は、こうしてちゃんとしていれば、実にお美しい姫君だということ、私には分かっておりましたわ」
「ええ、ええ。本当に!」
なんだか、またしても聞き捨てならない言葉が所々に混じっている気もするのだけれど……。
今こうして、私の社交デビュー用のドレスの着付けやお化粧を手伝ってくれているのは、小さい頃からずっと私の面倒を見てくれていた、時には母のようでもあり、時には祖母のようでもあった大好きな人たち。
目に薄っすらと涙を溜めている人まで居て……。
ありがとう、皆。
「さあ、完璧に仕上がりましたわ!」
「ええ。今日参加される他のどんなご令嬢方よりも、姫様が抜きん出てお美しいことでしょう!」
「では、総仕上としてこのティアラを」
今回の私の社交デビューを最後に隠居をすると決めている、この城で最年長の女官長が、綺麗に結い上げられた私の髪にティアラを着けてくれたわ。
このティアラはお祖父様とお祖母様が、今回の社交デビューのお祝いとして用意して下さった物よ。
色味の違う数種類の緑色の宝石がふんだんに使われていて、とっても綺麗なの。
中でも私のお気に入りは、えっと、この宝石の名前は……なんだったかしら?
昼間に太陽の光の下にいる時はちょっと青みががった緑色なのだけれど、夜になってライトの光のに照らされると少し紫色っぽい赤色に変化するの。
魔石の中には時々こんな風に、魔力の影響を受けて色が変化する物があるらしいのだけれど、この宝石はとっても貴重な天然石。
お祖父様がザルツリンド王国から特別に取り寄せて下さった物だそうなの。
「素敵ですわ!」
「いってらっしゃいませ、ルイーズ様」
「私たち一堂、姫様の本日の社交デビューを心よりお祝い申し上げます」
私は部屋を出る前に、皆に感謝の気持ちを込めて最高に美しいお辞儀をしてから、私のエスコートをして下さる為に部屋の外まで迎えに来て下さっていた、ラファエルお兄様の手を取ったわ。
さあ、今日のデビューの場となる大広間へ向かいましょう!
◇ ◇ ◇
「これからの日々が、其方にとって多くの幸せに満ち満ちた毎日であることを願っている!」
「ありがとうございます、陛下!」
「ここは “陛下” ではなく、いつものように “お父様” と言って欲しかったよ……」
キラキラと美しく輝く皇笏が私の左肩に乗せられ、お祝いの言葉(←たぶん決まり文句よ)を頂いたので、教えられていた通りに返礼を述べたら、お父様が小さな声でぽそりとそう呟くのが聞こえたわ。
お父様、一応ここは公式な “社交デビュー” の場ですわよ?
どうやら私の順番は最後だったようで、大きな拍手が巻き起こったの。
これで、本日社交デビューを果たした全ての令嬢たちの “謁見の儀” が終了したみたい。
私ね、ラファエルお兄様と一緒に控えの間で順番を待っている間、カーテンの隙間から他の令嬢たちの様子を覗き見ていたの。
お兄様は渋い顔をなさっていたけど、もちろん私はそんなことには気付かぬ振りをしたわよ。
ご令嬢方は謁見後に、お父様の方を向いたまま(←背中を向けると不敬にあたるからだと思うわ)ズリズリと後退りするように下がっていったのよ。
長いドレスの裾を踏んで転んでしまわないかと、見ていて胸がドキドキしたわ。
私もああして下がらなくてはならないのかと正直かなり絶望していたのだけれど、拍手の後にお父様が私の手をとって、私を立ち上がらせて下さったわ。
それでそのまま、私はお父様の横に並んで立つ形になったのよ。
ズリズリと転ぶ心配をしながら下がらずに済んだのは良かったけれど……。大勢を前に、注目を浴びながらお父様と並んで立つのも、それはそれでかなり緊張するわね。
「我が末娘、ルイーズ・ドゥ・グルノーだ。これより後ルイーズは、皇女として皆と共に公の場に出る事も増えると思う。よろしく頼むぞ」
お父様の言葉が終わると同時に、再び割れるような拍手が巻き起こった。
お父様のお顔を見上げると、お父様はとても優しい笑顔を浮かべて私の方を見ていたわ。
すぐ近くには、目にいっぱい涙を溜めたお母様と、そのお母様にハンカチを手渡すお祖母様、それから、私に向かって手を振っている笑顔のお祖父様が目に入ります。
ああ、私は家族から、こんなにも愛されているのだわ。本当に幸せ者ね!
お越し頂き & お読みいただき、ありがとうございます♪
この作品は、ちょっとゆっくり目の更新になりそうですが、続きが気になる! と思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします!
思わず嬉しくなって、更新ペース上がっちゃう……かも?
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。




