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30 第四皇女と香る液体。

弟のジョルジュと一緒にお父様に呼び出されたって話をしたけど、その話をする前に、私がその呼び出しについて少しだけ思い当たる理由を書いておくわね。



前に本で読んだのだけれど、私が暮らすこのカリス大陸とはまた別の大陸では、ワインを何度も繰り返し蒸留して作った強いアルコールに、ローズマリーやラベンダーの枝葉や花を漬け込んで薬を作っているらしいの。

手足の痺れを取ったり、頭痛を改善するってその本には書かれていたわ。


聖女様の居るこのグルノー皇国の場合、やっぱり、こういった薬を作っても、結局は使う人は居ないのよね。

でも、書かれている薬が本の通りに実際に作れるのかを、確かめてみたいと思うじゃない?

えっ、思わない? そこは思うわ! って言って欲しいところよね。

折角研究室もあることだし、お祖父様にお願いしてワインを手に入れて頂いたのよ。



「姫様! いったい今度は何をされているんです? それ、まさかとは思いますが、ワインじゃないですよね?」

「そうよ、ワインよ! エルガー、よく分かったわね」



私がお祖父様から頂いたワインを実験器具(今回は蒸留器)の中にドボドボと流し込んでいるのを見て、エルガーは凄い剣幕で駆け寄って来たの。



「そりゃ分かりますとも! そこいらじゅうワインの良い香りでいっぱいじゃないですか!」

「ああ、これ? そうよね……。だからなのね。私、なんだか、ちょっと頭が痛くなってきたわ」

「これだけアルコールの充満した締め切った部屋に居れば、酔っ払っちまうってことくらい、賢い姫様だったら分かりそうなもんなのに……。あぁあぁ、これ、よりにもよって最高級品質のファボ地区のワインじゃないですか……」



なんだかんだエルガーはブツブツと小言を漏らしながらも、研究室の窓を片っ端から全部開けてくれたわ。

その間もずっとエルガーは「もったいない!」って言って大騒ぎをしていたけどね。


エルガーにも手伝ってもらって何度か蒸留を繰り返してできた強いアルコールに、私は本に書いてあったローズマリーやラベンダーの枝葉や花だけじゃなくて、レモン、オレンジ、ベルガモット、それからグレープフルーツの皮とかを漬け込んでみたの。

実験は大成功! それぞれ、とっても良い香りのする液体(香水)が作れたわ。


エルガーには、いろいろと手伝ってもらったお礼として、ファボ地区のワインをちゃんと後でプレゼントしました。

念の為に言っておきますが、ワインが余ったからってことではないわよ。



出来上がった液体は良い感じに薄めて、ラファエルお兄様が以前知り合いの工房に発注して作って下さった瓶に入れたの。

その瓶の蓋の部分に仕掛けがあってね、蓋の上の部分を押すと、ポンプが瓶の “香水” を噴霧する仕組みになっているのよ。


出来上がったその液体を蜜蝋と混ぜ合わせて “練り香水” も作ったわ。

これも全部本の中から得た知識よ。本って本当に凄いわね!



実験で作った “香水” や “練り香水” は、大量にできちゃったので、お母様やアデルお姉様に差し上げたの。それから、リスカリス王国に嫁がれたグレーテ叔母様にもお贈りしたわ。


やっぱりこれも本から得た知識なんだけど、手荒れを治せるって書いてあったから、出来上がった香水をシアの木からとれる種子からとれる油分を精製して作ったシアバターと混ぜてハンドクリームも作ることにしたわ。

この辺からは、たまたま研究室に遊びに来ていたジョルジュも作業に加わって、調子に乗って二人でいろいろな香りのするハンドクリームをいっぱい作っちゃった。


出来上がったハンドクリームは、いつも手荒れが酷いと愚痴をこぼしているメラニーにプレゼントしたの。料理人は毎日水仕事をするから、どうしても手が荒れちゃうものね。

手荒れはしていないけれど、ハンドクリームはジネットにもプレゼントしたわよ。

二人とも、すっごく喜んでくれたわ。


ジョルジュも出来上がったハンドクリームをいくつも持ち帰っていたけど、いったい何に使ったのかしら?



はぁぁ。お祖父様は良いと仰って下さったけれど、やっぱりあのワインを大量に使ってしまったのが駄目だったのよね、きっと……。



「ルイーズ、ジョルジュ、来たか。悪いが今はちょっと手が離せない。そこに座って、少し待っていてくれるか?」

「「はい」」



お父様は相変わらずお忙しいみたい。

執務室の机の上には山のように書類が積み上げられているもの。



「じゃあ、これはその方向で進めてくれ!」

「そうだな。それはその形で構わない」

「ああ、駄目だ。これは向こうのと一緒に進めないと……」



執務室には次から次へと、人が入れ替わり立ち替わりやって来る。これではいつまでここで待っていても、私とジョルジュの順番は回って来なさそうよ。



「ねえ、ジョルジュ」

「何ですか?」

「前に言っていた “新しい事” についてなのだけど」

「ああ、“香水” と “練り香水” 以外にも、何か作れないかって話ですか?」

「そうなの! ちょっと思いついたことがあって……」



その時、お父様が私とジョルジュに向かって手招きをしているのが見えたの。

どうやらお仕事のお話は終わったみたいね。



「お前たちに確認したいのだが、これを見たことがあるか?」



お父様は引き出しを開けて、小さなガラス製の蓋つきの容器を取り出すと、執務机の上に置いた。

あらら。これって私が作ったハンドクリームよね?

どうしてお父様がこれをお持ちなのかしら?



「ルイーズには心当たりがありそうだね?」

「はい。それは私が以前作ったハンドクリームです。どうしてお父様がお持ちなのです?」

「やっぱりか」

「やっぱり、とは?」

「これは、とあるご婦人がジャンヌのところに持ち込んだ物だ」

「お母様のところに? とあるご婦人が、ですか?」

「そうだ」



お父様が何を仰りたいのか……。私には見当もつきません。

私は執務室机の上に置かれた容器を手に取って、蓋を開けてみた。あらあら、空っぽだわ。

中に入っていたはずのハンドクリームはきれいさっぱり使用済み。こんなにきれいに使い切ってあるということは、この容器の持ち主は、余程このハンドクリームを気に入ってくれたって証拠よね。それって、かなり嬉しいわ。



「……イーズ。ルイーズ、聞いているか?」

「えっ? 何でしょう? 全く聞いていませんでした」

「そのようだな。ルイーズ、お前が作ったというそのハンドクリームだが……誰かに渡したりしたか?」

「はい。これは、手荒れが酷くて痛そうだったメラニーのために作った物です。ですから、メラニーにプレゼントしました。それから……ジネットにも。ジネットは手荒れはしていませんが、このクリーム、実は手荒れ以外にも効果があるのですよ。お肌がすべすべになるのです!」

「それは知っている」

「えっと、何故そのことをお父様がご存じなのです?」



ん? どうしてジョルジュったら、ちょっとずつ扉の方へと移動しているのかしら?



「ジョルジュ!」

「は、はい!」

「さては、お前だな?」

「何のことでしょう、父上!」

「ルイーズの作ったハンドクリームをご婦人方に売り捌いているのは、ジョルジュ、お前なのではないか?」



えっ。待って、待って! 売り捌いているって……どういうこと?

私がジョルジュの方を見ると、ジョルジュったら、私の視線からスッと目を逸らしたわ。



「正直に白状した方が自分のためだぞ、ジョルジュ!」

「……僕がやりました! ごめんなさい!」

「こんな物が、売れるの?」

「こんな物? 何を言っているんです、姉上! 売れるに決まっているじゃないですか! 皆が欲しがりますよ! 大儲けですよ!」

「ジョルジュ!」

「はい、申し訳ありませんでした!」

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