20 事務官マテオ・コンデの思起。
「じゃあ、明日からしばらく留守にするのね?」
「ああ。まだ慣れない街に君を置いて行くのは心苦しいけど、数日で戻って来る予定だから」
「仕事なのだし、仕方ないわね」
妻のカーラとザルツリンド王国の王都であるゼーレンで暮らし始めてまだ半月ちょっと。
なのに、明日からしばらくカーラを1人残して、この国の最北部に位置するグフナーデルという街に向かわなくてはならないなんて……。
「何か土産を買って来るよ。何が良い?」
「何が良いかなんて聞かれても……。貴方がどこへ行くのかも、そこがどんな所かも分からないのに?」
仕事柄、身内と言えどカーラには俺が明日から向かう行き先も、その目的も伝える訳にいかないんだよね。
俺の名はマテオ・コンデ。
グルノー皇国の皇都レンファス出身の25歳。妻のカーラはリスカリス王国の出身、20歳。
俺たち2人はリスカリス王国で出会って恋に落ち、俺が仕事の都合でリスカリス王国を離れることが決まったため、周囲の反対(主にカーラの家族からの反対なんだが……)を押し切ってつい最近結婚したばかりだ。
「あ〜ぁ。グルノー聖教会って、偉大なる聖女様が大勢いらっしゃるってこと以外、秘密だらけなのよねぇ……」
カーラはそう思っているようだが、聖教会は光の魔力を持つ子ども(聖女候補たち)を見つけ出し、聖教会内で手厚く保護した上で教育を施して未来の聖女を育てている。至って分かりやすい団体だ。
その中から運良く聖女となれた者たちは、グルノー皇国各地に点在している聖教会に所属し、その力でもって日々助けを求めて集まって来る人々を癒している。
秘密だらけなのは、一部の聖教会上層部と、彼らがある目的を持って他国に設置している聖教会支部に派遣している俺のような事務官たちだけだと思う。
事務官の主な仕事内容は、それぞれが駐在している国から受ける要望や依頼を、素早く的確に聖教会本部へと伝達すること。
つまり、各国から出される聖女派遣依頼をレンファスにある聖教会本部へと伝え、聖女派遣が正式に決まれば、派遣団受け入れに係る諸々の手配をする。
それ以外にも、俺たち事務官には表立って言えない重要な任務が課されている。それは、駐在している国のありとあらゆる事情や隠し事を調べ上げ、それらを聖教会本部へ事細かに伝えること。俺たち事務官は、世間で言うところの “間諜” の役も担っている。
明日から向かうグフナーデルという街は、ハインリッヒ・フォン・グフナー公爵が治めるグフナー公爵領の領都だそうだ。グフナー公爵はこの国の第二王子でもある。聞くところによると、その第二王子は非常に恐ろしい御仁だと噂されているらしい。
ザルツリンド王国飛竜騎士団に所属している彼は、暇があれば飛竜を乗り回し、嬉々として魔獣を狩っているそうだ。
それ故、第二王子を好ましく思わない一部の者たちからは “血みどろ王子” と呼ばれているとかいないとか……。
俺と交代でグルノー皇国へ帰任することが決まったコンデさんなんて、彼のザルツリンド王国内での最後の任務がその “血みどろ王子” との対面になりそうだと決まったせいで(本当かどうか分からないが)数日前から食事が喉を通らないらしい。
俺たちが “血みどろ王子” が治めるグフナーデルに向かわなくてはならなくなった理由なのだが、グルノー皇国の第四皇女であるルイーズ・ドゥ・グルノー姫殿下が彼の婚約者候補として現在この国に滞在中で『何かしらの問題に巻き込まれている可能性がある』と聖教会本部が疑念を抱いているからだ。
つまり俺とコンデさんとで、姫殿下のご機嫌伺いをするためグフナーデルへ向かい『姫殿下の、場合によっては聖教会をも脅かす可能性のある不安要素を徹底的に調べ上げてくるように』との指令が出たってことだ。
ずっと以前、父親に連れられて出向いたレンファス城で、一度だけだが俺はルイーズ姫殿下にお会いしたことがある。
まだ姫殿下がお小さい頃のことだから、恐らく姫殿下は俺のことなど記憶の片隅にも残っていないだろうが、皇城の果樹園で収穫されたリンゴの実を、姫殿下は手づから俺に渡して下さった。
後になって姫殿下が “緑の手” の持ち主であると知ったのだが、あの時のリンゴ以上に美味しいリンゴに、俺はいまだに出会えていない。
「ねぇ、落ち着いたらお義理母様をこの街にお招きすることはできないの?」
「母を? ゼーレンに?」
「ええ、そうよ。慌ただしかったから結婚式にも参列して頂けなかったし……。貴方がグルノー皇国に帰らないのであれば、お義理母様にこちらに来て頂くしか会う方法はないでしょう?」
「そうだね。考えてみるよ」
レンファスに居る母とは、もう5年近く会っていない。
「お義理母様には申し訳ないことをしてしまったと思っているのよ。だって、ひとり息子の貴方を私の家族が強引にコンデ家に引き入れてしまったでしょう?」
「それを言うなら、君だってひとり娘だろう? 母は、家名なんて気にしない。そんなもの、別にどうってことないよ」
「そうかしら? だって、ダンテ・バーレンテ司教様って言ったら、グルノー聖教会ではかなり地位のある方なのでしょう?」
「まあ、父はそうだね……」
俺の父親は “聖教会のドン” とも呼ばれている男だ。
父親と言っても、あの男が俺のことを真の意味で “自分の息子” と認識しているかは甚だ疑問だが。
俺の母は、元聖女候補で最終的に聖女にはなれなかった、あの男の8人もいる妻のうちの1人にすぎない。
あの男は自分の子どもを聖女にしたいが為に、母のような光属性を持つ元聖女候補を次々と娶り、多くの子どもを産ませている。
グルノー皇国が他国とは異なり、性数差の激しい特殊な国で一夫多妻が認められているとはいえ、あの男のしていることは下品で淺ましい行為なのは間違いない。
グルノー皇家が良い例だと思うが、光属性を持つ子どもは、光属性を持つ母親から生まれる確率が高いとされている。
“白の大聖女” と呼ばれている現筆頭大聖女のマリアンヌ様のお母上も、マリアンヌ様の姪で次期筆頭大聖女との呼び声が高い大聖女クロエ様のお母上も光属性の持ち主だ。
本人も弱いながら光の属性を持ち、一時は聖教会で教育を受けていたことのあるあの男としてみれば、元聖女候補だった妻との間にできた子どもであれば、強い光の魔力を持って産まれてくる可能性が多少はあるかもしれないと考えたくなるのも理解できる。
だが、数多くいる俺の姉妹に聖女になれた者は今のところまだ居ない。それどころか、6歳の属性検査で光属性と判定されたのは、妹1人と弟1人のたったの2人だけだ。もちろん両人とも、15歳を待たずに聖教会を出されている。
あの男の年齢からいって、もうあの男が聖女の父親になれる未来は永遠に来ないだろう。
「グルノー皇国って、確か男の子は凄く少ないのよね? バーレンテ家を継ぐ人は貴方以外にちゃんと居るの?」
「腹違いの弟が光属性を持っているから、多分、その弟が家を継ぐことになるんじゃないかな」
「あら、そうなのね」
あの男にとっては、光の属性を持たない子どもなど、道端に生えている雑草程度の価値しか持たないのだろう。姉や妹たちに対する雑な扱いを見れば分かる。
ただ、俺の場合は光の属性は持たないが、男だったから彼女たちとは事情が違ったように思う。
たった一度だが、皇城にも連れて行って貰えたし、教育もきちんと受けさせて貰った。特に語学に関しては小さい頃から容赦なく叩き込まれた。
おそらく、他国にある聖教会の支部で “間諜” として働けるようにと、自分の “駒” として使えるようにと考えてのことだろうが。
当時はどうして俺だけがと反発もしたが、お陰でこうしてあの男から遠く離れた国でまあまあ幸せに暮らせているのだから、今となっては感謝しかない。
「何か美味しい物があったら、お土産にそれを買って来て。食べ物ならいくらあっても困らないわ」
「そうだね。そうするよ」
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