25 第四皇女と突然の知らせ。
グレーテ叔母様と旦那様の王弟のシャール殿下が約1か月の滞在を終え、リスカリス王国へとお帰りになられた日から、あっと言う間に一週間が過ぎました。
お二人がお暮らしになっているリスカリス王国の王都までは、ここから10日近くかかると聞いたので、まだお二人の馬車の旅は続いているわね。
馬車での移動はとても疲れるそうです。「ずっと座っているから、どうしてもお尻が痛くなっちゃうのよ」って叔母様がコッソリ教えてくれたけど……。
王族が乗るような馬車は、他とは比較にならないくらい快適なのだそうです。
聖女として他国を訪問していた頃には、聖教会の馬車で移動したり、相手の国が用意した馬車に乗り換えたりしたそうで、時には揺れが酷くて酔って気分が悪くなったり、お尻が痛くてどうにもならないこともあったと聞きました。
癒しが使える聖女様でさえそうなのだから、普通の人たちの旅は余程大変なのでしょうね。
私はお尻が痛くなる程の長距離を移動したことはまだ無いから、どんな感じなのか想像できないけれど、そうなっても我慢するので、いつか遠くまで行ってみたいわ。
「ルイーザ様。先程からなんだか城内がいつもと違って騒がしい気がするのですけど、何かご存知ですか?」
「えっ? ああ、確かにそうね。でも、私は何も聞いていないわよ」
「そうですか……。何も無ければ良いのですけど……」
確かにジネットが言うように、今日は普段よりも私の部屋の前を行き来する足音が多いかもしれないわね。
普段だったら、使用人たちは気配を悟られないように気を遣って移動するので、部屋の中にいる私に、廊下を歩く使用人の足音が聞こえてくることなどまずあり得ない。
足音が聞こえてきた理由は、この日の夕食の時に分かったわ。
◇ ◇ ◇
「皆、落ち着いて聞いて欲しい。今日の昼間、ルルーファ王国から連絡が入ったのだが……。ルルーファ王国とザルツリンド王国との国境近くで、ヘンリエッタが加わる聖女の派遣団が、魔獣の群れに襲われたそうだ」
そろそろデザートも食べ終わろうかという時になって、深妙な面持ちでお父様が突然そう告げたの。
一瞬、お父様がなんの話をされているのか分からなかったわ。
だって、それまで皆は今日それぞれが何をして過ごしたかとかを楽しく喋りながら、いつも通りに食事をしていたのよ。
ガシャンと大きな音がした。
お母様が、手に持っていたティーカップを落とされたみたい。
使用人たちが慌ててお母様に駆け寄って行って、割れて床に散らばった食器を片づけたり、お母様にお茶がかかって火傷などをしていないか確認しているのが見える。
「それで? ヘンリエッタは?」
真っ青な顔色のお母様が震える声でお父様に尋ねている。
「聖女一行の馬車を護衛していたルルーファ王国の者たちが魔獣の群れを追い払おうとして戦い、どうやら少なくない人数の怪我人が出たそうだ。幸運なことに、今のところ死亡した者はまだいないとの報告を受けている」
「ヘンリエッタも、怪我を?」
「いや。……詳しいことは、まだ分からない」
今度は何かが崩れ落ちる音がした。
すぐにお父様が席を立って、向かいの席へと駆け寄ると、気を失って椅子から滑り落ちたお母様を抱き起こしているのが見える。
お祖父様の叫び声と、お祖母様の悲鳴が聞こえたような気がしたけれど……。
耳鳴りがして、目の前がチカチカする。
誰かに腕を触られた感じがしたから顔を上げると、ラファエルお兄様が私の腕を掴んでいたわ。
お兄様の背後から心配そうな顔で私を覗き込んでいるジョルジュと目が合った。
「僕たちも一旦部屋に戻ろう!」
◇ ◇ ◇
翌日。ラファエルお兄様と、ジョルジュと、私の3人はお父様の執務室に呼び出されたの。
執務室のソファーには、既にお祖父様が座っていたわ。
「昨日は驚かせて悪かったな」
「いえ、僕たちは大丈夫です。母上は?」
「今は部屋で休ませているよ。心配要らない」
「そうですか。お祖母様も?」
「ああ。セシリアも大丈夫だ」
お祖父様も私たちを安心させようと、いつもと変わらぬ笑顔を見せてくれる。
お茶の支度を終えた使用人たちが執務室を出て行くのを待ってから、お父様は昨日の夕食の時に伝えるつもりだった内容を、私たちに話して下さったわ。
本当だったら昨日、夕食が終わって、皆が揃っていて、尚且つ寛いだ雰囲気の時にこの話を伝えたかったのでしょうけど……。
お父様としては、まさかあんな風にお母様が話の途中で気を失ってしまうとは思っていなかったみたいね。
今回ヘンリエッタお姉様たちが加わっていたルルーファ王国への聖女派遣団は、 6人の聖女様と数人のお世話係たち、それから聖教会の関係者が複数の馬車に分かれて乗って、その馬車をルルーファ王国の騎士たちが護衛する形で移動していたそうよ。
基本的にはこういった派遣団の場合、安全なルートを選んで、依頼のあった町から町へと移動していくことになるのですって。
移動は安全面を考慮して必ず日中にね。
だから、馬車が魔獣の群れに襲われた場所は、普段だったら魔獣が出没するような危ないとされる場所では無かった筈なの。
それに、もし魔獣が現れても、討伐できる能力のある騎士が複数で聖女一行を護衛しているのだから、本来なら怪我人が出るなんて想定は全く無かったみたい。
でも今回は、魔獣が群れで襲って来た。
「魔獣は、群で行動するものなのですか?」
「……分からん」
「姉上たちを襲ったのは、どんな魔獣だったのです?」
「それも、分からん」
「ヘンリエッタお姉様が怪我をされているかどうかも……」
「ああ。分からない」
お父様だって受け取った知らせに書かれていた以上のことを知る術が無いのだもの、全てを理解できるわけないし、不明点もいっぱいあるみたい。
「昨夜、この知らせはルルーファ王国から届いたと、父上はそう仰いましたよね?」
「そうだ。ただし、ヘンリエッタ個人のことに関しては何も記されてはいなかった。もしかすると、聖女一行の中にグルノー皇国の皇女が含まれていることに、まだルルーファ王家は気付いていないのかもしれない……」
それはあるかもしれない。
こんな長期間の派遣団に、貴族の家庭の出身者は普通は参加したがらないって誰かが言っていたわよね。
だとしたら、貴族どころか、皇女が参加しているとは……誰も思わないわよ、きっと。
「聖教会は何と言っているのですか?」
「むこうもこの知らせを受け取って混乱しているようで、今のところまだ新しい情報は何も無いらしい」
「そうですか」
「既にルルーファ王国へは使者を立てたので、何か分かり次第すぐに連絡は入る」
「あの、お父様」
「どうした? ルイーズ」
「これって、いつのお話なのですか? グレーテ様はリスカリスのお城に戻るのに10日かかると仰っていましたよね? ルルーファ王国はリスカリス王国よりも遠いですよね?」
「派遣団が魔獣に襲撃されたのは5日前らしい。知らせは馬車で運んでいるわけでは無いから、そこまで時間はかからない。まあ、今すぐってわけにもいかないがな」
「……そうですか」
後でラファエルお兄様が教えて下さったのだけれど、急ぎの知らせは馬を乗り継いで夜通し走ったり、場合によっては鳥を使ったりもするのですって。
前にお兄様が送ってくれた “手紙鳥” も使われたりするのかしら。
もっと改良すれば、何かの役に立つかもしれないわね。
「何か分かり次第、お前たちにもちゃんと伝えよう。余計な心配はせず、普段通りに過ごすように。それから、ジャンヌのことを頼む」
「もちろんです、父上。母上のことは僕たちにお任せ下さい」
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