24 第四皇女とお肉のお味。
「元気そうね、ルイーズ!」
「はい! グレーテ叔母様もお変わりなく?」
「……。なんですって? よく聞き取れなかったわ、ルイーズ」
「ええと……?」
コホン。嫁ぎ先のヴィンガル公爵家から、娘のエミリアちゃんを連れてこちらもお里帰り中のアデルお姉様が、小さく咳払いをするのが聞こえてきます。
あらら。お風邪かしら? 私は心配になってお姉様の方を見ると、お姉様は何故か小さく首を横に振っている。んんん? ああ!
「(そうでした、そうでした! 叔母様は禁句なのでした!)グレーテ様もお元気そうで何よりです! そして相変わらずで、なんだかとっても嬉しいです!」
「何が相変わらずですって? ふふふ。可愛いルイーズ、貴女もちっとも変わらないわね」
グレーテ様とリスカリス王国の王弟殿下であるシャール殿下がグルノー皇国へ入られてから、あっという間に一週間が過ぎました。
今日は、やっとお時間ができたグレーテ様をお誘いして、女性だけのお茶会です。
主催者はお母様。
「リスカリスでの新しい暮らしはどう?」
「今までとは全く違う毎日で、見るもの全てが新鮮で、本当に楽しいですわ」
「そう。それならば良かったわ」
お母様はグレーテ様の言葉を聞いて、心底ほっとしたように微笑まれた。
グレーテ様は光の属性だと判定を受けた6歳から、40歳で聖女のお仕事を引退されるまで、実に35年という長い歳月を、聖教会で過ごされてきたの。
たまには(←たぶん他の方よりはかなり頻繁に?)休暇などでお城へお帰りになったりもしていたけれど、日々聖教会内で誰かのために癒しや治療を行って、依頼があれば他国へと赴くこともある。
ずっと誰かのために尽くしてこられたのよね。本当に大変なお仕事なのだと思うわ。
私のお母様も光の属性だから、聖教会での暮らしをご存知ってことでしょ?
お母様の場合は、15歳までに癒しの能力が開花しなかったからお家に戻られて、その数年後、お父様と結婚されて、私たちが生まれたわけだけど……。
「ねえ、アデル。エミリアちゃん、私も抱っこしてみたいわ! 良いかしら?」
「もちろんです。ただ、涎がすごいので……」
「ああ。そんなことは気にしなくて良いわよ。聖女時代は、結構過酷な現場にも行ったのよ。小さい子の涎なんて……綺麗なものよ」
グレーテ様は愛おしそうに、腕の中の小さな大姪を見つめている。
グレーテ様の嫁ぎ先のリスカリス王国の国王陛下には、継承権を持つ王子が3人も居るらしいわ。
だからグレーテ様の旦那様である王弟殿下が王位に就くことは、余程のことでも起き限り無いのだそうよ。
そうでなかったら、王弟が長期間婚約も結婚もせずに、隣国の聖女の引退をひたすら待ち続けるなんてことを、リスカリス王国の人たちは許さなかったでしょうからね。
「もう少し早くグレーテ様が聖女を辞めることは、無理だったのですか?」
「結婚して、子どもを持つために?」
「ええと……」
「それは無理だったと思うわよ。私が聖女を辞めるのも難しかったでしょうし、たぶん、辞めていたとしてら逆に彼とは結婚できていなかったと思うもの」
「えっ?」
「聖教会は、他国には……。この国以外に、聖女なんて居ない方が良いと考えているのよ」
そう囁いたグレーテ様のお顔には、いつもの美しい笑顔が無かった。
ああ。この国は、聖女が存在していることで、今の平和と安定があるんだったわ。
「それにね、もし私に子どもが居ることで、リスカリス王国で継承権争いが起こるなんて事態になるのは、私は絶対に嫌だわ。小さい子は好きだし、可愛いとは思うけれどね」
世間では、リスカリス王国の王弟とグルノー皇国の元聖女様の “素敵な純愛” がお芝居になって大人気らしいけれど、本人たちにしか真実は分からないのでしょうね。
聖教会の思惑。グルノー皇国の立場。リスカリス王国の継承問題。私が想像しているよりも、世の中はずっと複雑に絡まり合って成り立っているようです。
「ほらほら、皆もそんな深刻な顔をしないで頂戴! 私は今、とっても幸せなんですからね! そうだわ。皆にお土産を持って来ているのよ。山程運んで来たから、後でそれぞれに届けさせるわね」
それから、お茶会の終わりにグレーテ様が私の耳元で囁いたの。
「ルイーズ。貴女が喜ぶ顔を直接自分の目で見れないのが残念だけど、貴女には、とっておきのお土産があるのよ。楽しみにしていてね!」
◇ ◇ ◇
翌日。予告通り私の部屋にグレーテ様からの贈り物が届けられたの。
「山程運んだ」って仰っていたのは冗談では無かったようで、本当に沢山の贈り物が運び込まれて来て、その量に驚いたジネットが口をあんぐりと開けて見ていたわ。
贈り物の中身は、リスカリス王国で今とても流行っているというデザインのドレスが3着。リボンと、レースと、ハンカチーフ、それから小物が沢山。
メラニーに見せたら凄く喜びそうな、珍しいお菓子のレシピも入ってる。
「この箱、何かしら?」
最後に、やたらと厳重に梱包されている木箱から出てきたのは、小さな包みと、お手紙。
お手紙を開いてみると、中には美しいグレーテ叔母様の字が並んでいます。
大好きな私の姪っ子ルイーズへ
この箱の中身のことは、他の人には絶対に秘密にしてね。約束よ!
これは、貴女がずっと夢にみていた食べ物。
魔獣は流石に無理だったので、極一般的な牛の干し肉よ。
干してあるとは言っても、ずっとは置いておけないでしょうから少しだけ。
冒険者や長期遠征に出る騎士が食べる、携帯食らしいわ。
固いので、ナイフで削いで薄くしてから口に入れると良いそうよ。
いいこと? 絶対に聖教会の関係者には知られないようにね!
いつかリスカリス王国に遊びにいらっしゃい。
貴女にも、美味しいお肉を食べさせてあげるわ。
私、リスカリス王国に来てから、すっかりお肉料理の虜よ。
抱えきれない程の愛を込めて。グレーテ・リスカリス
なんてことでしょう!
はやる気持ちをどうにか押さえ込み、私は夜になるのを待って、ジネットも誰も居ない自室でこっそりと小さな包みを開けてみました。
これが干し肉……。
はじめて目にしたその干し肉は、私の手のひらにちょこんと乗るくらいの小さな塊でした。
ふわりと今まで嗅いだことのない香りが鼻をくすぐります。
「どうしよう。ナイフ、持って無い!」
私が持っている唯一のナイフ。封筒を開ける用のペーパーナイフじゃ、このお肉を削ぐなんて絶対に無理だわ。
他の人には絶対に秘密に……かぁ。う〜ん。どうしよう。
あっ。ハサミ、ハサミなんてどう?
別に綺麗に切る必要なんて無いのよ! とにかく口に入れば、この際なんだって良いわ!
私はハサミを取り出して、干し肉の角っこにハサミの刃をあててみる。
切れた。……と言うか、どうにかこうにか切り取った。
ちっちゃい三角っぽい歪な塊。
いくらなんでも、こんなに手の込んだやり方でグレーテ叔母様を語る誰かが私の毒殺を考えている筈も無いので、思い切ってそれをそのまま口の中に放り込んだ。
……固い。
これ、本当に食べ物? そんな疑問と戦っているうちに、段々と柔らかくなってきた。しつこく噛んでいると、中からじんわりと味が滲み出てくる。
ああ。これが干し肉! 私が生まれてはじめて食べたお肉!
物語りなんかだと、冒険者は豪快に干し肉を噛みちぎっているけれど、それは絶対にやめた方が良いと思うの。たぶん歯が折れる気がします。
そうだ! 確かあの本に……。
これこれ! 騎士様とその従者が、迷って出られなくなった森の奥深くで、持っていた干し肉を使ってスープを作る場面があるのよ!
はぁぁ。どんな味なんだろうって、ずっとずっと思っていたけど、お肉ってこんな感じなのね。
私、いつかグレーテ叔母様を虜にしているお肉料理を食べるために、リスカリス王国へ絶対に行ってみせるわ!
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