1 第四皇女ルイーズ・ドゥ・グルノー。
「姫様、ルイーズ様、お待ち下さい!」
「ジネット。別に付いて来なくて良いのよ。調理場へ行くだけだから!」
「何を仰いますか! 何度も申し上げておりますが、調理場は姫様が行くようなところではございません!」
「だって、美味しそうなイチゴが沢山採れたのよ。メラニーにケーキを焼いて貰わなくちゃ!」
◇ ◇ ◇
ごきげんよう。私はルイーズ・ドゥ・グルノー。
グルノー皇国の第四皇女。8歳です。
今、私のことを追いかけてきているのは、最近私付きの侍女になったばかりのジネット・シャルハム。17歳。
あっ。ジネットの年齢を勝手に私が教えちゃったことは、ジネットには黙っておいてね。婚期がとっても気になる、微妙なお年頃なんですって。
今、私が向かっているのは調理場。これから、この摘みたてのイチゴをたっぷりと使って、美味しいケーキを焼いて貰おうと思っているの。
「メラニー!」
「おやおや、ちい姫様。今日は何を持っていらっしゃったのです?」
「はい、これ! すごいでしょ。摘みたてよ」
「おや、まあ。随分と立派な……。って、これ。もしかして、イチゴですか?」
「もしかしなくてもイチゴよ! すっごく立派だと思わない?」
「立派と言うか……。ちょっと、大き過ぎやしませんか? まるでリンゴのような……。味の方は、大丈夫なんでしょうね?」
失礼しちゃうわ! 私が育てたリン……。じゃなかった、イチゴが美味しく無いなんてこと、あるわけ無いじゃない!
もう、メラニーったら、いったい私を誰だと思っているのかしら? 私こそ、世にも珍しい “緑の手” の持ち主だってことを忘れちゃったの?
この世界では、量の差こそあれ、全ての人は生まれながらに魔力を持っている。
そんな魔力には種類があって、火、水、風、雷、地、光、闇の全部で7種類。属性とも呼ぶわね。
大抵の人は、この属性の中の何か一つの属性を持っているのだけれど、ごく稀に、複数の属性を持つ人も居るらしいわ。
私の国では、伝統的に子どもが6歳の誕生日を迎えると “聖教会” へ行って、その子の魔力の属性が何かを調べて貰うのよ。
魔力を調べるには、ほんのちょっとだけ指先から血を採るんですって。
私の場合は……。
ちょっといろいろと複雑な事情もあって、6歳の誕生日に聖教会では属性を調べていないの。
と言うのも、6歳になるより前に “緑の手” の持ち主だってことがとっくに判明していたから「わざわざ調べる必要は無い!」って皇王であるお父様が仰って……。
詳しいことは、いつかまた。機会があったら話すわね。
“緑の手” と言うのは、地属性の人の中に、極稀に存在するって聞いたわ。
“○の手” (←○の中には色が入るんだけど)って言うのは、普通は魔力を放出する時に絶対に必要とされる “詠唱” をせずに、“無詠唱” で強力な魔力を扱える特別な人のことを言うんですって。
ちなみに地属性とは、土に働きかけることで、植物を育てるのに特化した魔力。
つまり “緑の手” の持ち主である私が育てたイチゴは、甘くて美味しい上に、リンゴ位に大きくもできるわ。もちろん収穫までに必要な日数も、普通のイチゴに比べてとても短いのよ。凄いでしょ?
「あらあら、本当だわ!これはまた美味しいこと! 想像以上の甘さですね!」
「そうでしょう? だからね、このイチゴで……」
「ちい姫様の大好きなケーキですわね? はいはい、畏まりました。このメラニーに全てお任せ下さい!」
「やったー! 大好きよ、メラニー♡」
「まあまあ、ちい姫様ったら。焼き上がりましたら、お部屋まで私がお持ち致しますよ。ほら、早くお戻りになられないと、ジネット様が……」
メラニーにそう言われて振り返ったら、ジネットが調理場の入り口のところから、こっちを覗いている。
ジネットは伯爵家の令嬢だから、調理場には絶対に足を踏み入れないの。
ああしていつも入り口から、私とメラニーが楽しくお喋りしている様子をジトっと見ているのよ。
「一緒にお茶もお願いね!」
「分かっておりますとも。お砂糖とミルクもたっぷりですね?」
「もちろん!」
◇ ◇ ◇
私が生まれた国は、大陸の端に位置するグルノー皇国。
国土の70パーセント以上が森林なんですって。
四季はあるけれど、一年を通して、暑過ぎず、寒過ぎず「とても過ごしやすい国だと言われている」って、家庭教師のギラン先生から教わったわ。
私自身はこの国の外に、と言うよりも、皇都からもまだ出たことが無いので、他の国がどんなだが知らない。だから比べることはできないけど、グルノー皇国がとても良いところだってことは知っているわ。
私はイチゴと同じくらい本も大好き。特に絵本が好き♡
本の中には、知らないことが沢山書かれているでしょう?
世界は繋がっているけれど、国によってそれぞれ気候や風土が違うのですって。砂ばかりの国や、一年中強風が吹いている国や、雪と氷でできている国もあるって本には書いてある。
魔獣が出る国もあるし、竜を操る騎士が居る国もあるんですって。
魔獣や竜なんて、物語の中にしか存在しないと思っていたから、初めて知った時は本当にビックリしたわ。
「姫様。わざわざご自身で調理場へ出向かなくても、誰かに命じて、代わりに届けさせれば宜しいのではありませんか?」
「でも、別の誰かが届けに行ったのでは、メラニーが驚く顔を私が見られないじゃない?」
「それはそうですが……」
調理場から自室に戻って早々に、ジネットからお小言を貰いました。
ジネットに言わせると、私はちょっと(←かなり?)変わっているらしいわ。
ジネットの知る大抵のご令嬢は、綺麗なドレスを着て、ゆっくりと優雅に歩き、小さな声でお淑やかに話す。
調理場になんて絶対に行かない。全部、私とは正反対。
まあ、私も皇女だけあって、ドレスだけは最高の物を常に用意されているから、そういった意味では、パッと見だけは私もご令嬢と言えるわね。姫だけど。
でも、どうせならもっと動きやすい服の方が良いなと思ってる。だって、畑で何かを育てるのにドレスはどう考えても適さないでしょ?
そうそう。畑と言えば、貴族のご令嬢が絶対にしないことの一つに “土いじり” もあるわね。
私が “緑の手” の持ち主だと知ると、稀に「私もお花を育てるのが好きですわ」って仰るご令嬢にお会いすることがあるの。
実は、実際にお花を育てているのはその家の庭師で、ご令嬢は綺麗に咲いている花を選んで庭師に命じて切って貰っているだけだろうと、以前ジネットがこっそり教えてくれた。
折角お友だちになれるかと思って喜んだのに……。
私は庭師にいろいろと教えて貰って花壇の手入れをするのも好きだし、果樹園に行って自分の手で果物を収穫するのも好き。何より好きなのは、畑で美味しいイチゴを作ること。
好きが高じて、さっきメラニーが言ってたみたいに、今回はイチゴを大きく育て過ぎちゃったみたい。
料理人のメラニーは、私の大好きな、お友だちのような、先生のような、そんな人。
メラニーは、お城の料理長の奥さんで、お菓子作りが得意なのよ。
私はメラニーが “赤の手” の持ち主だと思ってる。
本当は “赤の手” なんて人はいないのだけど、メラニーは無詠唱で美味しいお菓子をいろいろ作れるんだもの、そう呼んだって良いわよね?
あっ。でも、メラニーは火属性ではなくて、残念ながら風属性なんだって。
メラニーは、今までにも私が育てたイチゴを使って美味しい物を沢山作ってくれているから、今日のケーキもきっと美味しいこと間違いなし!
午後のオヤツタイムが待ち遠しいわ。
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