57 第四皇女と飛竜騎士団長。
「実は『はじめまして』ではないのですよ」
「えっ?」
「ルイーズ姫は覚えておられないかもしれませんが、私は以前グルノー皇国で、まだお小さかった貴女にお会いして、少しの間ですが会話をしたこともあるのです」
「まあ! そうでしたか?……それは、いつ頃のお話なのかをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
昼食会にお見えになった飛竜騎士団のファッジャー侯爵は、はじめましての挨拶をした私に向かって、全く予想もしていなかったような話をされたのよ。
以前、お会いしたことがある?
小さい頃に? それも、私と会話を交わしているのだと仰ったわ。
「あれは、10年ほど前でしょうか……。私はマキシミリアン陛下からとある任務を受けて、一度だけですが、貴女の国を訪問したことがあるのです」
「10年ほど前、ですか?」
「ええ。貴女はあの時、とても大事そうに本を抱えて、お城の廊下に座り込んでいらっしゃいましたよ。確か、調理場へ向かっている途中で休憩をしているのだと言っておられましたね。ふわふわとしたとても美しい金色の髪をした、本当に可愛らしい “おチビちゃん” でした」
廊下で休憩? 本を抱えて? 調理場へ向かう途中に?
えっ。ちょっと待って! 今、ファッジャー侯爵は私のことを “おチビちゃん” って、そう仰ったわよね?
そんなことを言う人なんて……。
「私は、ザルツリンド王国飛竜騎士団長を務めております、アンゼルム・ファッジャーと申します。思い出して頂けましたでしょうか?」
ファッジャー侯爵は満面の笑みを浮かべてそう言うと、とっても優雅なお辞儀をされたのよ。
ああ、そうだわ!
「ええ。覚えておりますわ! 貴方は、私の大好きなあの本の国から来られた騎士様ですよね?」
「はい。如何にも」
驚いた!『自分は確かに騎士だが、捕われの姫君は助けたことはまだ無い』と言って微笑まれた、あの時の騎士様のとても綺麗な笑顔を、私は今でもはっきりと思い出すことができるわ!
そうね。今でも素敵な笑顔は健在だわ。あの時よりも、少しお年を召されてはいる気はするけれど……。まあ、10年も経っているのだもの、こればかりは仕方がないわよね。
「改めまして。グルノー皇国から参りました、第四皇女のルイーズ・ドゥ・グルノーです。本日はようこそお越し下さいました」
私は負けじと、美しいお辞儀をお返ししたわ。
あの時よりも大人になった分、ずっと洗練されているカテーシーだと思うのだけれど、どうかしら?
「ねえ。いったい、何がどうなっているのかしら? ファッジャー侯は、ルイーズちゃんとお知り合いだったの? シンシア様も、そのことをご存知でしたの?」
「いいえ、ベル様。実は、私もここへ向かう馬車の中でアンゼルムからこのことを聞かされて、とても驚きましたのよ」
ヘンラー公爵家のファーベリアンヌ様が、何が起きているのかまるで理解できないといったお顔をされて、私とファッジャー侯爵とを交互に見ておられるわ。
まあ、そうよね。私だってこの状況をまだちゃんと理解できていないもの。
「懐かしい話は済んだかい?」
「もしかして、ハインツ殿下はこのことを?」
「ああ。もちろん知っていたよ。それより、そろそろダイニングの方へ移動してはどうかな? お喋りの続きは、食事を終えてからでも問題ないよね?」
◇ ◇ ◇
昼食を終えた私たちは、ハインツ殿下の提案で、ダイニングからサロンへと移動して、ローラが用意してくれている焼き菓子と一緒にお茶を頂くことになったの。
私はその席で、小さい頃にレンファス城で出会った騎士様(←まさかその彼が、後に私の目の前にこうして再び現れることになるとは夢にも思わなかったけれど)のことを皆様にお話ししたわ。
こんな凄い偶然が起きることって、本当にあるのね。ビックリだわ!
まあ、それはさておき。昨日ローラが予告してくれていた通り、テーブルにはネクタルを使って作ったお菓子が数点、とても綺麗に並べられていたのよ。
あのグラスに盛られているのは、ネクタルのシャーベットでしょう。
ネクタルの果肉をたっぷり乗せた一口サイズのタルトに。
ネクタルを混ぜ込んで焼いたケーキもあるわね!
うーん。どれも美味しそう♪
「これはこれは! シンシアから話には聞いていましたが、姫君が連れて来られたグルノー皇国の料理人の作る菓子は、どれもこれもとても美味ですね。その上、見た目も素晴らしく美しい」
ファッジャー侯爵は、その外見と飛竜騎士団長というお立場に反して甘いものに目がないようで、あっという間に皿に盛られていたお菓子をペロリと平らげられて、2つ目のシャーベットに手を伸ばされたわ。
「本当に! ネクタルはそのまま切って食べる物だとばかり思っていたが、こうして手を加えることで、こんなにも甘みも香りも際立つとは! 驚いた。こんなに美味しいものを離宮で馳走になったと陛下に知られたら……。ははは。また私は陛下からお小言を頂戴する羽目になるでしょうな」
以前、私の料理人のローラの実力をこの離宮の料理人たちに認めてもらうために、“食通” として知られているヘンラー公爵ご夫妻を招いて離宮で昼食会を開いたことがあったの。
どうやらその話がマキシミリアン陛下のお耳にも入ったようで、その後ヘンラー公爵は随分と陛下から皮肉られたそうなのよ。
今回は(ローラのデザートを除けば)離宮の料理人が作った、ザルツリンド王国では極普通の昼食会のつもりだったのだけれど……。
「確かにそうですわね。ルイーズちゃん。シャーベットは無理でも、このタルトとケーキはすぐに作って、王宮にも届けた方が良いと私も思うわ。ねえ、シンシア様もそう思われるでしょう?」
「そうですわね、ベル様。ファラーラ王妃も絶対にお喜びになられると、私も思いますわ。私たちだけでこんなに美味しいお菓子を頂いてしまったのでは、申し訳ないですものね」
ネクタルの実ならば、昨日ハインツ殿下が王宮にも、かなりの量を持ち帰られているはずだけれど……。こんな風に、お菓子に加工したものは珍しいのかしらね。
「殿下。こちらの焼き菓子でしたら、ローラが多めに作ってくれていると思いますので、王宮へお帰りになられる際にお持ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「それでも良いけど。僕が届けるよりも、ルイーズから直接受け取った方が、父上も母上も喜ぶと思うよ。先触れを出しておくから、今晩、僕と一緒に王宮へ向かってはどうかな?」
「今晩、ですか?」
「そう。そのままルイーズも王宮へ泊まれば良い」
「……はい」
なんだか、あちこちから生暖かい視線を感じるのですが……。
特に飛竜騎士団の団長様が、何か面白いものでも発見したかのような表情を浮かべておられるわ。
「ああ、そうだ! 実はハインツに話しておきたいことがあったのをすっかり忘れていたよ」
「何でしょうか?」
「例の密猟者たちに関して、新しい情報が入った。近いうちに、第7分隊の皆には再度グフナー公爵領へ赴いてもらうことになりそうだ」
「分かりました。副隊長のヨハンから皆に伝えさせます」
「そうしてくれ。やっと王都へ戻って来たというのに、すまんな」
飛竜の雛の密猟騒動は、一旦解決したのではなかったのかしら?
前回はひと月近くハインツ殿下は王都を離れていらしたから、またそのくらいの期間、私は王宮で過ごすことになりそうね。
「そう思われるのでしたら……。ファッジャー団長。今回の任務に、ルイーズを同行する許可を頂けないでしょうか?」
「「「「「えっ?!」」」」」
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