56 第四皇女、王都へ帰る。
“スランバーパーティー”の楽しいお喋りは、明け方近くまで続いた、の、かしら?
気付いた時には、もう朝だったから……。
聖獣のセレストに頬を舐められたことに気付いて、私がベッドの上で目を覚ました時には、護衛騎士のフランシーヌ・ミーレン様の姿は既に私の部屋にはなく、すっかり着替えも支度も整え終えた侍女のエルマ・クラウゼが私のためにお茶を淹れてくれていたの。
「おはよう、エルマ」
「おはようございます、ルイーズ様。お茶を、お飲みになられますよね?」
「ええ、頂くわ」
「ハインリッヒ殿下たちは、夜明け前には宿に戻られていたようですわ。少しお休みになられてから遅い朝食を召し上がられて、その後、ゼーレンに向けて出発するとのことです」
「そう。分かったわ」
昨日の晩は、ちょっと酔っ払っていて普段よりも更に饒舌だったエルマだけれど、もうすっかりいつもの朝ね。
「だったら、朝食はフランシーヌ様と3人で?」
「フランシーヌ様は、私が気付いた時にはもうこの部屋にはおられませんでした。中庭かどこかでいつものように剣の鍛錬をされて、既に食事も終えておられると思いますわ」
「そうなの?」
「おそらく」
「凄いわね」
「そうですね」
「だったら、朝食は私とエルマの2人だけだわね」
「……」
「どうかした?」
「食堂には私もご一緒致しますが、食事の方は……」
「もしかして、食欲、ないの?」
いつでも何でも美味しそうにパクパク食べるエルマにしては、珍しいことを言うのね。どこか具合でも悪いのかしら?
「昨日は、ちょっと飲み過ぎまして……」
「ワインを?」
「はい」
「エルマって、確かお酒は強いって、前にそう言ってなかったかしら?」
「そうなんですが……」
「そんなに沢山飲んだの?」
「フランシーヌ様と2人で、3本ほど開けました。と言うか、ほとんど私が空けました」
「まあ! ねえ、エルマ。昨日はどんな話をしたのかを、覚えていて?」
「もちろん覚えておりますわ。都合の悪いこと以外は、ですけれど」
◇ ◇ ◇
「それでは、吸血コウモリモドキの捕獲は無事に済んだのですね?」
「ああ。思っていた以上の成果を得られたよ」
「皆様。血は、吸われませんでしたの?」
「心配要らないよ。皆無事だ」
王都ゼーレンへ帰るため、私たちは行きと同じ組み合わせで馬車に乗り込んだわ。
朝食を食べずにお茶だけをガブガブと飲んでいたエルマの様子がちょっと心配だけれど、こうなったら、エルマのことはフランシーヌ様にお任せするしかないわね。
「殿下。吸血コウモリモドキは……」
「ルイーズ。先に言っておくけれど、吸血コウモリモドキは食用には向かないよ」
あらら。私の聞きたかったことなど、すっかりお見通しですのね。
吸血コウモリモドキがどのくらい積み込まれているかは知りませんけれど、思った以上に大量にネクタルの実が採取できたのと、私がお土産用にワインを3箱も購入してしまったので、ハインツ殿下が荷物を積むために馬車を一台追加で手配して下さったのよ。
ネクタルの実は、果実を覆っているトゲトゲの硬い部分を先に取り除いてしまってからゼーレンに持ち帰れば、随分と荷物の量は減ったのかもしれないけれど、そんなことをしている時間もなかったし、宿の女将さんの話では、トゲトゲ付きのまま持ち帰った方が鮮度も美味しさも保てるらしいから。
そうそう。女将さんは、宿に持ち帰ったネクタルのお裾分けを渡したら凄く喜んでくれたわ。あの喜びようからして、ネクタルはきっと相当美味しいのね。
離宮に戻ってから、皆で食べるのがますます楽しみになったわ♪
「ルイーズ。離宮へ戻る前に冒険者ギルドへ立ち寄って、荷物を少し下ろすよ。副ギルド長も一緒にね。受けた依頼の達成報告も必要だろうし」
「そうですね。あいにく私は薬草の採取はちっともできませんでしたけど」
「薬草は……まあ、そうだね。でも、セレストが帰りがけに仕留めた魔獣の中に、もしかすると討伐依頼が出ている魔獣が含まれている可能性はあるからね。念の為、それも確認してもらった方が良い。含まれていなかったとしても、素材として買取を頼まないと」
ああ、そういえばそうだったわ!
ネクタルを採取した帰り道。吸血コウモリモドキの捕獲に向かう殿下たちと別れた後で、走っている馬車からセレストが突然飛び出して行ってしまったのよ。
馬車には護衛はフランシーヌ様しか居なかったので、そのまましばらく車内で待っていると、セレストが黒っぽい何かを咥えて戻って来たの。
どうやらそれ、魔獣だったらしいのよ。
私はフランシーヌ様に馬車から下りるのを止められてしまったので、セレストが咥えていたものが何なのかをちゃんと自分の目で確認はしていないのだけれど、そんなことがその後にも何度かあったのよね。
『従魔の仕留めた魔獣はその主に権利がある』とは言え、セレストが狩ってきた物を私の手柄にするのは少し気が引けるわ。だって私、ずっと馬車の中で座っていただけなのよ?
「それが従魔ってものなのだから、ルイーズが気にする必要はないだろう?」
「ですが、セレストは実際には私の従魔ではありませんよ?」
「ぎゃぅ?」
「なぁ、セレスト。気高い聖獣である君は、そんな些細なことは気にも留めないよな?」
「ぎゃぅぅ」
「もう。セレストったら! 分かっているのだか、いないのだか……」
「ふぎゃぅ」
◇ ◇ ◇
「まあ、これが魔物の実なのですね。驚いたこと! 凄く甘くて美味しいですわ。ちい姫様」
「本当ですね。見た目はなんだか毒々しい色で、ちょっと口に入れるのを躊躇いましたけれど。一度食べてしまえば、もう気にはならないですね。むしろ病みつきになりそうなお味です」
離宮へ戻った私とエルマは、一通り皆にお土産を配って歩いた後、料理人たちに頼んでネクタルのトゲトゲの殻を割って、中の実を取り出してもらったの。
毎年この時期になるとハインツ殿下がネクタルを持ち帰って来ていたようで、ローラ以外の料理人たちは、トゲトゲの実の扱いにも慣れている様子だったわ。
「ですねー。森の中を分け入って歩き、頑張って沢山採取してきた甲斐がありましたねー、ルイーズ様」
「そうね。まあ、私もエルマも、あまり採取の役には立ってはいなかった気もするけれど……」
「それは言いっこなしですよ、ルイーズ様! さあ、私たちも頂きましょう!」
「そうね」
トゲトゲの中から出てきたネクタルの果実は、綺麗な薄いピンク色で、あの時森の中で漂っていた真っ赤な花の強烈な甘い香りとはまた違った、優しい感じの上品な甘い香りがするわ。
ローラに切り分けてもらった実を一口噛むと、甘くて濃厚な果汁がじゅわっと溢れてきて、口の中で甘くとろけるようだわ。本当に美味しい!
ジネットが言っていたように、確かに、病みつきになりそうなお味ね。
「明日の昼食会のデザートとしてお出しできるよう、この果実を使って何か作ってみますね」
「うわぁ、それは楽しみだわ♪」
ローラの作るお菓子はどれも最高に美味しいから、きっとお客様にも喜んで頂けるでしょうね。
「明日の昼食会には、確か、飛竜騎士団のファッジャー団長ご夫妻もお見えになるのでしたよね?」
「そうよ。奥方のシンシア様には、以前ファラーラ王妃様が開かれた私的なお茶会でお会いしたことがあるけれど、ファッジャー団長にお目にかかるのは初めてだわね。お2人の他は、ヘンラー公爵ご夫妻と、それからハインツ殿下。お客様は全部で5人よ」
明日は、ハインツ殿下の上司でもある飛竜騎士団のファッジャー団長が、急遽この離宮を訪ねて来ることになったの。良い機会だし、急ではあるけれど、ヘンラー公爵ご夫妻にもお声掛けをして、離宮で昼食会を催すことにしたのよ。
団長のファッジャー侯爵は、ザルツリンド王国の貴族たちの多くが揃った建国祭の時には王都を離れていたらしいから、まだ私はお会いしたことがないのよね。
「良いですねー。昼食会のテーブルには美味しいものが沢山並ぶのでしょうね。想像しただけでお腹が空いてきます」
「お料理全ては無理ですけれど、ネクタルで作るデザートは、エルマ様の分も別に取り分けておきますね」
「ぐふふ。ローラさん、ありがとうございます!」
「ああ、もちろん、ヒセラ様とジネット様の分もちゃんと、忘れずにご用意致しますからね」
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