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55 第四皇女と初恋の話。

「……ってことがあったんです。酷いと思いませんか?」

「そうね、それは確かに酷い話だと思うわ」

「ですよね? そう思いますよね? フランシーヌ様。可哀想な私を慰めて下さい!」



すっかり夜は更け、普段の私だったら完全に熟睡していて夢の中な時間なのだけれど、“スランバーパーテ(お泊まり会)ィー" は継続中なのです。



実は、ネクタル採取からシーリンの町へ戻ってすぐ、私たちは宿へ帰る前に、町の中心部にあるお店を数軒見て回ったの。お土産を探すためによ。

焼き菓子だけでなく、お酒も大、大、大好きなエルマ・クラウゼが、侍女仲間のジネット・シャルハムへ渡す分と、自分用にと言って、この町の名産品でもあるらしい赤ワインを数本購入したの。

私は、ワインを含めてお酒全般に(うと)いのでよく分からないのだけれど、店主から勧められたその赤ワインを試飲したエルマは「香りも味も素晴らしい!」と絶賛していたわ。

だから、そんなワイン通らしいエルマを信じて、私もエルマが選んだのと同じワインを購入してみちゃいました。……3箱ほど。

3箱は流石に多い? やっぱり多過ぎたかしら?

だって離宮には、執事長のクラウスさんでしょ、侍女頭のヒセラでしょ、料理人のローラにトーマスに……。

そうよ! 庭師のハンスさんたちにも、お土産を買って来るわねって約束したし。また中庭で、皆でこのワインを飲んだらきっと楽しいのじゃないかしら。


ああ、それでね。その時に購入したワイン(←自分へのお土産にするって確か言っていた気がするのだけれど?)をエルマったらゼーレンに戻る前に早速開けてしまって、フランシーヌ様と2人で焼き菓子をつまみながら飲んでいるのよ。

フランシーヌ様は全く変わらぬ様子だけれど……。口振りからしてエルマの方は、かなり酔いが回って来ているみたいだわ。



「フランシーヌ様! フランシーヌ様はどうなのですか?」

「どうとは?」

「どうもこうも、フランシーヌ様には想い人はいらっしゃらないのですか? ご自身の方から婚約を3度も破棄されるということは、本当は、心に決めたお方が既にフランシーヌ様の中にいらっしゃるのではないですか?」

「破棄したのは、まだ2度ですわ」

「2度も3度も、どっちだって同じようなものではありませんか!」

「エ、エルマ。貴女、ちょっと言い過ぎよ!」

「うふふ。私は大丈夫ですわ、ルイーズ様」



フランシーヌ様は気にしておられないみたいだけれど……。

ああ、でも。その点に関しては、確かに私も気になってはいるのよね。



「そうですよ! ゼーレン冒険者ギルドの副ギルド長のケントさん! ジャイル侯爵家の御曹司なのですよね? あのお方はどうなのですか? シーリンへ来る馬車の中では随分と揉めておられましたけど……。お互いにあそこまで言い合えるってことは、逆に考えると、お2人は相当親しい間柄ってことですよね?」

「馬車での件は忘れて下さい。見っともなかったと深く反省しています。でもまあ、そうですね。私たちは、幼い頃からの知り合いなのですわ」

「お2人は、幼馴染ってことですわよね?」

「まあ、そうですわね」



もしかすると、これがお酒が入った勢いというものなのかしら?

エルマったら普段はもっと遠慮がちなのに、今は全く躊躇うことなく、むしろ、私の方がヒヤヒヤするくらい際どい質問をフランシーヌ様に次々に投げかけていくのよ。



「その、ちょっと年上の幼馴染(ケントさん)みがフランシーヌ様の初恋のお相手だったりするのではないですか?」



ほら、また!



「そうね。……そうかもしれないわね」

「「えっ?!」」



今、なんて?

さっきまでエルマとワインを飲んでいても少しも顔色が変わることのなかったフランシーヌ様の頬が、なんだか、ほんのりと赤らんでいるような気がするのだけれど……。これって、絶対に気のせいではないわよね?



「やっぱり! 私はあの行きの馬車から、そうじゃないかと思っていたんです! ですよね、ですよね! やっぱり、そうですよねー」

「……もう、昔の話ですわ」

「是非、その昔の話をお聞かせ頂きたいです! ね? ルイーズ様もお聞きになりたいですよね?」

「わ、私? そ、そうね……」



エルマったら、そんな満面の笑みで私に同意を求めないで欲しいわ。

うー。確かに私もお聞きしたいけれど……。



「彼は……。ケント・ジャイルは、私の母の友人の一人息子なのです。私と彼は子供の頃、毎年夏の間のほとんどの時間を、私の祖父母の家か、隣家である彼の家で一緒に過ごしていたのです」



ああ、その話なら、以前ケントさんから聞いたことがあるわ。

ケントさんはジャイル侯爵家の次男だけれど、お母様は元はジャイル侯爵の本妻の侍女をされていた女性なのだと。

ケントさんを身籠もり、正妻の怒りを買ったお母様をジャイル侯爵は別邸に匿った。その別邸がフランシーヌ様のお祖父様の家のお隣だったというお話は、確かハインツ殿下もされていたわね。



「少し年上のお兄ちゃん的存在って、格好良く見えるし、憧れますよね。分かります、分かりますとも!」

「……そうね。彼は私にとって、まさにそんな存在だったわ」

「あら? それは、過去形なのですか?」

「えっ?」

「フランシーヌ様、()()()()()()って仰ったでしょう? 今は、違うのかなと思って?」

「現実は、いろいろとあるでしょう?」

「家同士の繋がりとか、立場とかって意味ですか?」

「……まあ、そうね。それ以外にもいろいろと」



フランシーヌ様は笑っていらっしゃるけれど、その笑顔は、どこか悲しそうにも見えるわ。



「では、今回お断りされた婚約のお話のお相手が、ジャイル侯爵家の関係者だったというのは事実なのですか?」

「あら、嫌だわ。そんなことまでご存知でしたのね。ふふふ。ルイーズ様が貴女のことをいつも『情報通』なのだと仰られていましたが、本当にそうでしたね。確かに、今回父が私にと持ってきた縁談のお相手は、ジャイル侯爵家の三男。(ケント)の異母弟ですわ」



そう遠くない将来、ジャイル侯爵家は長男でケントさんの異母兄が、正式に侯爵位を父親から引き継ぐことになるのでしょう。

そうなった場合、その三男の方にとって1番利があるのは、爵位を継ぐ男児の居ない貴族家の婿養子に入ることだわね。漏れなく爵位が付いてくるのだから。

尤も今までの話を聞く限りでは、フランシーヌ様に拒否されて、話は呆気なく終わってしまったようだけれど。

フランシーヌ様は、もし今回のお相手が副ギルド長のケントさんだったら……この話をお断りにはならなかったのかしら?



「私の話よりも、ルイーズ様はどうなのです?」

「えっと、私ですか?」



フランシーヌ様は、さっきまでとは打って変わったとても明るい声で私に問いかけられたわ。

もうご自分の話は終わりにしたいみたいに。



「ええ、そうですわ。ハインリッヒ殿下との今後のご予定は、もうお決まりですの?」

「今後の予定?」

「はい。正式に婚約を発表されるタイミングだとか、その際にお召しになられるお衣装。それから結婚式のお日取り、招待客の人選、結婚後に住まわれる場所などに関してです。できれば私はルイーズ様のご結婚後も、このまま専属護衛騎士を続けさせて頂きたいと考えておりますので」

「えええ?」

「申し訳ありません。ご結婚後、専属護衛騎士を再考されるおつもりでしたか?」

「ええと、そうではなくて……」



そもそも、私は婚約者候補の1人の筈よね?

確かに、他の婚約者候補といわれる方々にお会いしたことはないけれど……。

実際のところ、その辺はどうなっているのかしら?

面と向かってハインツ殿下に、ましてや陛下や王妃様にお聞きするのも(はばか)られるわよね。



「ルイーズ様。私エルマも、ずっとルイーズ様の侍女を続けたいと思っておりますからね! どこまでもルイーズ様についていきますから!」

「そ、そうなの? そう言ってもらえるのは、凄く嬉しいけれど、先のことに関しては私には分からないわ。正式に婚約を結ぶかも含めて……。殿下が、別の方を婚約者に選ばれるかもしれないでしょう?」

「「それだけは、絶対にあり得ないと断言できます!」」

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