9 第一皇子と第四皇女。
「ルル。どこに行っていたの? 心配していたんだよ。いつも言っているだろう、一人でお散歩に行くのは、危ないからダメなんだからね!」
「らいじょうぶでしゅよ!」
「大丈夫じゃないよ……。もう! って、その手に持っているのは何?」
「ほんでしゅ!」
「うん。本なのは僕にも分かる。それ、どうしたの?」
「……。おちてまちた、よ」
「落ちてったって……どこに?」
ルルは首を傾げている。
ルルをここまで連れて来てくれた侍女たちも、ルルが大事そうに抱えている本については、誰も何も分からないようだ。
ルルこと、ルイーズ・ドゥ・グルノーは3歳になったばかりの可愛い僕の妹だ。
僕はラファエル・ドゥ・グルノー。7歳。
「おいで、ルル。オヤツにしよう!」
「あい!」
この子ども部屋で、ルルと2人で並んでオヤツを食べながら、ルルに絵本を読んであげたり、お喋りをする時間が、僕にとっては一日のうちで一番幸せな時間なんだ。
なのに、今日はいつまで待ってもルルが子ども部屋に来ないから、凄く心配したんだよ。
今は、他国から大勢人が来ているって、お父様が言っていた。
僕たちのお父様は、このグルノー皇国の皇王の息子。つまり、僕たちのお祖父様がこの国の皇王陛下で、お父様は皇太子ってことだね。
他国から来ている人たちは、たいてい自分たちの国に「聖女様を派遣して欲しい」ってお願いするために来てるんだって。
本来は聖女様の派遣先を決めるのは “聖教会” ってところなんだけど、緊急だったり、特殊な理由の時は、お祖父様にお願いに来る人も多いらしい。
そういう時は、特に勝手に城内をウロウロしちゃいけないっていう約束を、つい最近お父様としたばかりなのに!
ルルはまだ3歳なんだし、仕方ないのかな……。
それにしても、さっきルルに頼んでちょっとあの本を見せて貰ったんだけど、ルルが持っているあの本、あれはどう考えても普通の本じゃないよ。
あの本に書かれている文字は僕にも理解できるけど、書かれている意味は全然理解できない。それって、つまりあの本はこの国のものじゃないってことだよね?
ルルは「落ちていた」って言ってたけど……。本来の持ち主に、返さなくても良いのかな?
だって、凄く大きくて立派な装丁の本なんだよ。
その上、時々描かれている絵には、わざわざ綺麗な色までつけられているし。特別な本なことは間違いないんだ!
「ねえ、ルル。その本なんだけど、どこに落ちていたのか、兄様に教えてよ」
「あっちの、おおきなきのとこ。ことりしゃんがおちてて。たしゅけてあげまちた。だから、ほんがあるんでしゅよ」
「……ああ、そうなんだね」
ちっとも分からない。
「落とした人が探しているかもしれないよ。きっと大事な本だと思うんだ」
「にいたま。らいじょうぶでしゅよ。にく、おいちいしゅる。ないちょでしゅよ」
◇ ◇ ◇
そんなことがあったのは、今から5年くらい前。
ルイーズは今でも、あの時の本をとても大事にしている。
「ねえ、ルイーズ。いつになったら、自分一人でこの本を読めるようになるんだい?」
「だって、こうやって本を読んで頂く時くらいしか、ラファエルお兄様とこうしてくっついて過ごせないでしょう?」
そんな風に可愛いことを言われてしまうと、もう読んであげるしかないよね。
この本はリーガ語で書かれているんだけど、この本を手に入れた最初の頃は、僕もまだ小さくて、リーガ語なんて当然だけど全く読めなかった。
最初は、母上の知り合いのリーガ語を話すことができる女性が城へ来てくれた。彼女は本を読みながら、その中身を訳して僕たちに聞かせてくれたんだ。
確かその女性は、半年くらいの間、本を読むために城に通って来てくれていたんじゃないかな。
しばらくして、僕は人に読んで貰うだけでは物足りなくなってきて、父上にお願いしてリーガ語の家庭教師をつけて頂くことにしたんだ。
子ども向けの本だったこともあって、家庭教師をつけて1年もしないうちに、僕にも本が読めるようになった。
自分で読んでみたら、あの女性が結構いい加減に内容を省略しながら、僕たちに話していたんだってことも分かったよ。
僕は本の内容を、もっと正確に、細部まで訳してルイーズに伝えた。
それから更に1年もすると、ルイーズはすっかりストーリーを覚えてしまった。
そうしたらルイーズは、今度は僕に本を原文のまま読むようにと頼んできたんだ。
僕は知ってる。
少なくともルイーズは、この第3巻に関しては、もう完璧に一字一句違えることなく全文を暗記しているってことを。
それもリーガ語でね。
「ねえ、ルイーズ。そろそろきちんとリーガ語を習ったらどう? 僕のところに以前来てくれていた先生は、とても良い先生だったよ」
「ラファエルお兄様が読んで下されば大丈夫です」
「そう? でも、自分で読めた方が、もっとワクワクするんじゃないかな?」
「……もしかして、こうしてお時間を頂いているのは、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、そういうことじゃないよ!」
迷惑な筈は無い!
僕だって、ルイーズと一緒に過ごす時間は楽しいに決まっている。
だけど、もったいないと思うんだ。折角学ぶ機会があるのだから。
「リーガ語の先生に来て貰えば、本を読むことだけではなくて、会話だって学べるよ。あの先生は……どこの国の人だったかなぁ。リーガ語を話す国は多い。リーガ語を習得できたら、そういう国々に行った時に役に立つんじゃないかな」
「私がリーガ語を話す国に行った時?」
「そうだよ」
現状、この国の人間で他所の国に行くことができるのは、依頼を受けた聖女様と聖教会関係者がほとんどだ。
余程特殊な事情でも無い限り、大多数はグルノー皇国から出ること無く一生を終える。
それはつまり、この国が豊かで、尚且つ、とても平和だってことだから、決して悪いことでは無いだろう。
でも、僕個人としては、皆もっと、外に目を向けるべきだとも思うんだよね。
この国は良い国だ。でも、特殊過ぎる。
「そうだ、ルイーズ。君に確認しておかなきゃいけないことがあったのを忘れていたよ」
「なんですか?」
「ねえ、庭師のエルガーに、つい最近 “癒し” を使ってない?」
「えっ?」
「使ったよね?」
「えっと。それは……」
「僕が駄目だって注意したのを、まさか忘れたわけでは無いよね?」
「……覚えています」
「気持ちは分かるよ。でも、秘密が漏れたら、困るのはルイーズ、君なんだよ!」
僕たちには秘密がある。
ルイーズは “緑の手” の持ち主だから地属性って思われているけど、実は癒しの力を持っている。
それも、ちょっとした怪我や病気なら、無詠唱で癒せる。つまり “白の手” の持ち主でもあるってことだ。
「木から落ちたエルガーは、本当は骨折していたんじゃないの?」
「……そうです」
「はあぁ。やっぱりね。彼は『自分はまだまだ若い! 木から落ちるのも上手い!』って喜んでいて、全く気付いていないようだったから良いけど……」
庭師のエルガー老人が一昨日、作業中に木の上から足を滑らせて転落したそうだ。
その時に骨折した腕を、たまたま現場に居合わせたルイーズが、こっそり “癒し” を使って、まるで元から怪我などしていなかったかのように、完治させてしまったのだ。
「このことがもし聖教会関係者に知られたら、もう城では暮らせなくなるんだよ!」
どう考えたって『8歳の “白の手” を持つ大聖女様が誕生した!』って国中が大騒ぎになる。
でも実際は、ルイーズは僕が知る限り、5歳の時にはもう既に “白の手” の遣い手だった。
転んで怪我をした僕の膝を、ルイーズはほんのちょっと触れただけで完全に治しちゃったんだから。
でもこれは、絶対に守るべき、僕とルイーズの2人だけの秘密だよ。
お越し頂き & お読みいただき、ありがとうございます♪
この作品は、ちょっとゆっくり目の更新になりそうですが、続きが気になる! と思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします!
思わず嬉しくなって、更新ペース上がっちゃう……かも?
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。




