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おかえり

作者: 狗乃 榊

これは10年以上前。私がまだとある会社で働いていた時の出来事。


真夜中の3時

ふと、秒針の鳴る音が止まった。


「……あれ?」


つい1ヶ月前に買ったばかりの時計だ。電池切れなど起こすはずはない。

壁にかけられた時計を見上げると、また思い出したようにカチカチと音を鳴らし始めた。


「気のせいか……」


スマホと見比べても、時間の差異はほとんどない。

そもそもこんな時間に寝れなくて、うだうだとしてしまっているのは、やはり夏の夜の暑さのせいだろうか。

扇風機をかけても暑い。エアコンはお金が無くて付けてない。救いは冷凍した保冷剤を寝る前に頭や脇の下に置いて寝たが、もうそれも熔けてしまっている。まだ7月だと言うのに。

こういう時は実家に帰りたくなる。


「……帰るか」


仕事も最近、繁忙期を乗り越え、業務が落ち着いてきた。1日くらい不在になっても大丈夫だろう。

むしろそうじゃないと会社的にダメだろう。うん。


無理やり自分を納得させ、会社に有給届けを出した。


「あー、分かった。処理しとくね」

「ありがとうございます……」


自分が思ったよりずっとすんなりと受けて貰えた

「まぁ、繁忙期でもないしね。」


今の時期というのも良かったらしい。盆の時期はまた休暇取得者が増えるので、取りづらくなるという事だった。



そして週末を利用して久しぶりの実家に帰ることになったのだ。


「ただいまぁー」

「おかえりー。あんたは全然顔見せんから。生きてんのかとおもったら急に帰ってくるとか……なんかあったとね?」

「なーんも。ただ、クーラーもなくて扇風機しかなかけん、死にそうにはなりよった」


実家のクーラーに当たりながら、ふー、と椅子に座る。


「同じ県内なのになんでこんな温度差があるかね?」

「そら山と街じゃ全然違うさー。」


昼間の今でこそ実家もクーラーを付けているが、朝晩はむしろつけない方が涼しいくらい温度が下がる実家。たかが標高300mくらいしか変わらないのに。


「ご飯なん食べたい?」

「……コロッケ。お母さんのコロッケが食べたい」

なぜだかたまに無性に食べたくなるのがお母さんのコロッケだった。

俵型で、食べごたえがあるコロッケ。味付けは塩コショウのみの、素朴なコロッケが大好きだった。


「はいはい」

「やった」


たまーに帰ればこうやって優しくしてくれるのもいい。

たまーに、っていうのがミソだ。



ふと ダイニングテーブルに置いてある黒いラジカセに目が行った。

古いラジカセで、2つカセットが入るタイプ。片方はカセットに録音する機能も付いていて、同時に押せばカセットのダビングが出来る。チューナーを合わせればラジオも聴ける。


「わぁ……懐かし!これずいぶん昔のやつやね?」

「そうそう。お父さんが見つけたっさ」

「へぇ……むかしこれでラジオ聴きながら寝てたなぁ……」


小学生の頃、夜が怖くてなかなか寝付けなかった私に、父が「これでも聞きよったら寝るやろ」と渡されたのがこのラジオだった。

ラジオから流れてくる明るいパーソナリティの声に安心していつの間にか寝てたっけ……


「これつけていい?」

「よかばってん……ラジオしか聴けんよ?」

「よかよか。カセット持っとらんけん。」

「今はもうカセットもなかもんねぇ……」


私は早速 カチッと電源を入れ、チューナーを動かす。

「このツマミを捻って……」

ガガガ、ザーザー、チュイーン……色んな音がしながら、チューンを合わせていく。

少しづつ人の声がはっきり聞こえるようになってきた。

「お、大丈夫かな?」

ラジオショッピングだろうか、美容品を勧める女の人の声が聞こえてきた。


「懐かしい感じー」

「今はテレビやらネットやらがあるからねぇ。それでも車運転する人にはラジオは必須やけんね」

「運転中は映像見れんからね。」

田舎には車は必須だ。それがないと買い物もままならない。


「これどうすると?」

「ん?お父さんの使わすっちゃない?」

「そっかー。明日まで貸してくれんかな?」

「頼んでみたら?」

「そーするー」


そのあと、父親に相談すると、快く1晩貸してくれた。

部屋に戻って、窓を開け、ラジオを付ける。

そよそよと涼しい風が吹き、最近はなかなか来なかった心地いい眠気が訪れた。

私らそのまま身を委ね、深い眠りに落ちていった。


真夜中、ふと目を覚ますと、まだラジオから声が聞こえた。

しっかり寝たようでもそんなに時間はたってなかったのかと思ったが、隣に置いたスマホを見れば時刻は午前3時。

最近のラジオは24時間放送か……お疲れ様です、と思い、また目を閉じる。

ラジオからは楽しげな歌が聞こえていて、それを聞きながらまたうとうとしていると、ふと歌が途切れた。


(あれ?どうかしたのかな?)

そのまま暫く待っていると

ザッ、ザッ、

と音が聞こえる。


(ノイズ?)


さっきまできれいにに聞こえていたのに。


キュルルル…


勝手に動き始めたのはカセット。

巻き戻しているようだ。


(何何!?なんなの?!いきなり)


あまりにも怖くて、身動きが取れない。


そのうちカチッと音がして、テープの巻戻りも終わった。


(…終わった?)


ふっと力を抜くと、今度はキュル、キュルと再生されていく。


(?!)


また身体に力が入る。


ザザ、ザザ、と音がしたあと、何か流れ始めた。


『……り………おか、えり。待ってたよ』


「……え?」


(おかえり?待ってた?…どういうこと?!)


他に何か言うかもしれないと言う気持ちと、恐怖で身体が動かず、そのまま何分経ったろうか。

ラジオは元の番組に切り替わり、パーソナリティが

「そろそろ朝ですね。今日はこの辺で。みなさん、今日も聞いてくれてありがとうございました!」

と別れの挨拶を告げていた。


空は、明るくなり始めていた。



そして、1階で母が起き出したのを待って降りていく


「あら?早かね。寝れんやった?」

「ううん。まぁちょっとね。…なん作ると?」

母は机いっぱいに野菜やら厚揚げやら昆布やらを並べていた。

「お煮しめ。ほら今日はじいちゃんの命日やろ?じいちゃんお煮しめが好きやったけんねー。」

「…じいちゃんの命日…そっか、そうやったっけ」

「今回は3回忌になるとばってん、ほらお姉ちゃん達も東京で仕事のあるし、身内だけでしようかって言いよったとよ。けど、あんただけでも帰ってきて良かったー。1番可愛がられよったもんね」

「…そう、だね」


そう、死んだ祖父は4人姉妹の中でも3番目に生まれた私のことをとりわけ可愛がってくれた。

誕生日が祖父と同じだったということもあるかもしれない。

小さい頃から「お前には土地をやるけん、そこに家建てればよか」と言ってくれるくらいだった。


「そっか…じいちゃんが呼んでたのかも?」

「ん?なんて?」

「や、何でもないよ。」


私はそっと仏壇に手を合わせた。

(じいちゃん、遅くなってごめんね。…ただいま)



あれから10年以上経った今、あのラジオは流石に処分されてしまい、祖父の声を聞くことも無くなった。

けれど、祖父から受け継いだ土地に家を建て、夫と息子の3人暮らしをしている。

もうすぐまた祖父の命日。

今度は息子を連れてお墓参りにいくね。おじいちゃん。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お盆でお祖父さんの例が帰ってきてたか、お父さんが気を利かせて『よく眠れる音源』のテープを入れて失敗してたと想像しました。 [一言] 関西出身ですが、大学は福岡だったので訛りが楽しかったです…
[良い点] 偶然その時期に帰ったのもお祖父さんが呼んだんですかね。 ほぼ実話ということだったのでドキドキで読んだのですが、ちょっと不思議で、ほっこりできました!
[一言] 突如の不調もとい不可解な動きはホラーらしく、起きた時間帯も夜と不気味で、また結末であったり方言を用いた会話であったりに心温まるものを感じました。
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