テトへの視線
「次で最後だよ。ここを見たらもう今日はもう帰るだけだ」
テトがそう言って前方の建物を指差した。そこにはスプーンとフォークが交差した看板が掲げられている。
「ここ、もしかして飲食店なのか?」
さっきの野菜屋さんのおばさんといい、瘴気のせいで食材の味もクソもないこの世界で飲食店? と俺は頭をひねる。しかし俺の脳裏にある希望が浮かんだ。「もしかして、あの瘴気のエグみをどうにかした食事が提供されているのかもしれない」という希望が。
期待を胸に店内に入れば、いかにも柄の悪そうな人たちがガヤガヤとしながらテーブルを囲んでスープを飲んでいた。
そしてテーブルの間を駆け回るヨルとエルの二人がいた。二人は客の注文を受けるとスープを運んでいく。ここはヨルとエルが切り盛りしている飲食店らしい。メニューは俺も先日飲んだスープ一種類だけのようだ。
テトが近くの開いていたテーブルについたのを見て、俺もその対面へと腰掛けた。
「ぼくらも一つずつ」と、テトは騒がしい店内でも通るように声を張り上げて近くに居たエルに指を二本立てた。
俺たちが席に座ると、近くのテーブルについていた客がこぞってスープを持って立ち上がり、ぞろぞろと離れた席へと移動していく。その様子を見て、俺はまたか……とため息をついた。
今日色々なところを回る道中も、通行人が俺達を避けるようにおおげさに道を譲る、という事態が頻繁に発生した。例外はさっき会ったおばさんくらいなものだ。よそ者とはいえ、えらく嫌われたものだ。
しかし、離れていった客のこちらをチラチラと見る視線に俺はなんだかおかしいと気づいた。その視線に含まれているのは怯えだった。外ではゴーグルとバンダナでよくわからなかったものの、道を譲るときの彼らの反応も、目を合わせないようにそそくさと早足で距離を取ろうとするあの反応も。今にして思えば怯えからくる行動ではないだろうか。
だが彼らがよそ者である俺を疎ましく思う理由なら山ほどあれど、怯える要素など欠片もないわけである。不審に思いよくよく観察してみると、彼らがチラチラと怯えの視線を送っている相手は俺ではないことに気づく。
彼らの視線の先にいるのは俺ではなくテトだった。そんなにこの薄笑いを貼り付けた男がおっかないのだろうか。
確かになにを考えているのかイマイチ掴めないところはあるけど……テトが一体なにをしたというのだ。彼らがテトに向ける視線はまるで野放しにされた殺人鬼を見るようで、俺をたまらなく不快にした。
「銅貨三枚」
近寄ってきたエルはテーブルに手をつき、俺たちにそう冷たく言い放った。
「身内から金を取るのかい」
「そっちのやつのこと、わたしは身内だなんて思ってないから」
エルは俺を顎でしゃくった。
エルは相変わらず俺に対して辛辣だった。そして、テトを怖がる様子もまったくない。こんな小さな子が物怖じしないのに、大人達が怯えているというのもなんともおかしな話だ。
「じゃあぼくは無料でいいってことだね。ま、今日は臨時収入があったしいいか。君にも奢ってあげよう」
「奢るってその臨時収入、俺の身ぐるみを剥いで手に入れた金だろ」
「案内料だよ。案内料」
そう言ってテトはポケットから取り出した銀貨を手の中でジャラジャラと混ぜた。
「ふーん。服はけっこう高く売れたんだ。ならあの変な薄っぺらい箱も高値で売れそうだね」
「あれ、もうすぐ使えなくなるから、売ったらトラブルになると思うからおすすめできないんだけど……」
「そこも込みで売れば問題ないでしょ」
ああ、元の世界の物がどんどん俺の手から離れていく。やはりパンツだけは死守せねば。俺はテーブルの下で拳を固く握りしめた。
少ししてエルが持ってきたスープはやはり俺が昨日食べたものと中の材料まで寸分違わぬ代物だった。ホント、匂いはいいんだよなあ。しかし味を知っている身としてはどうにも匙が進まない。
俺はさっさと食えと無言で催促してくるテトの視線を受けながら、たっぷり時間をかけてスープを完食した。