騎士との対峙
壁内へと通じる扉が開き、中から白い十字の描かれたお揃いの鎧にバンダナを口に巻き付けた集団ががしゃがしゃと金属音を立てながらこちらへとやってくる。
「これはまた、今回はまた魔物もどき共がずらずらと。まあいい。ボルドルなるものは前に出よ」
先頭に立つ一際大きな騎士が集まった俺たちを見渡して言い放つ。
二メートルはありそうなその縦にデカい体は、ボルドルさんとはまた別の種類の存在感を醸し出している。彼がこの集団のリーダーで間違いないだろう。
「ボルドルは俺だ」
ボルドルさんは隣に寄り添っていたリーゼの頭にぽんと手のひらを載せ、ハンター達の中から一歩前に出る。さすがの彼も、今回ばかりは険しい表情で額に汗をにじませている。
「そうか。それでは法に則り刑を執行する」
巨人のような騎士のその言葉についに来たかと意を決し、俺は空気を吸い込み、
「待ってください!」
できる限りの全力で叫んだ。
途端にじろりとした巨人のような騎士の視線がゴーグル越しに上から降り注ぐ。後ろの騎士たちの視線もこちらに集まっているのを肌で感じる。
「彼は当面の間、魔物化する心配はありません。だから殺す必要もありません」
「そのなんの根拠もない世迷言を信じろというのか?」
凍えそうなほどに冷たい声に、俺はごくりとツバを飲み込んだ。
「根拠なら、あります」
そう言って、俺は懐の標石を見せつけるように顔の前に掲げた。それを見て、騎士集団の雰囲気がガラリと変わる。
「それをどこで手に入れた。貴様、まさか盗んだのではあるまいな」
壁外にあるはずのない標石を持つ俺に、射殺すような殺気立った視線が集中する。
「もしそうだった、今頃壁内は大騒ぎになってるはず。違いますか」
巨人のような騎士はふむと考え込む。
「確かにそれほどの大きさの標石が盗まれて気づかれぬほど王国の兵も間抜けではないだろう。これは私が早計だったな。標石をどうやって手に入れたかについては色々と聞きたいことはある。が、まあいい。その前にまずはするべきことを為すとしよう。その標石を貸せ」
無遠慮に差し伸べられた手のひらに、俺は言われるままに標石を渡す。仮に奪われたとしても、予備の標石はまだ余裕がある。そこまでの痛手にはならない。
巨人のような騎士はすこしの間、手のひらの上の標石を眺めてから、「おい」と後ろの騎士達を何人か呼び寄せる。そして一人一人の肌に俺が渡した標石を触れさせた。
「結果も正しいか。どうやら本物のようだな。いいだろう。当面は魔物化する心配はないというその言葉。確かであるなら処刑は中止にしよう。だがもしその言葉が虚偽とわかった時、処刑されるのはこのボルドルだけでは済まないことは当然承知しているのだろうな?」
ビリビリと身を焼くような威圧感に、俺はなんとかこくりと頷いた。
「そうか。ではボルドルよ。手のひらを差し出せ」
「……おう」
ボルドルさんの大きな手のひらに、標石が押し当てられる。
「赤、か」
巨人のような騎士が呟いた。
彼の言う通り、標石は今朝と変わらぬ赤色を示している。その時一抹の不安がよぎる。俺たちはこの色をセーフだと判定した。でも壁内の者たちがどう判断するかはわからない。俺たちは固唾を呑んで巨人のような騎士の次の動向へと全神経を集中させた。彼の判断ですべてが決まる。
「壁内であれば問答無用で追放処分だ。だが、壁外であれば問題なかろう。ハンターという瘴気に身を晒す仕事についてきてこの色なら瘴気への耐性も、十分か。当面は大丈夫という言葉に嘘はないようだ。約束通り、処刑の必要は無さそうだな。ひとまずこれは返すとしよう」
彼は標石の載った手のひらをこちらに差し出してくる。恐る恐る標石を掴むも、なにかされるんじゃないかという俺の予想は外れ何事もなく標石は返却された。
「この標石を手に入れたのはおまえか? いや、この際誰でも構わん。話は通しておく。標石について入手経路を説明できるものは後日この門へと来るように」
「それは、壁内に入れてくれるってことですか?」
「そんなわけがなかろう。門を挟んで話を聞く。ただそれだけだ。妙なことは考えるなよ。魔物もどき共。一歩でも入ろうとすれば、その場で切り捨てさせてもらう。と、いうことだ。処刑の必要がなくなった以上、もうここに用はない。帰るぞ」
巨人のような騎士がそう言うや否や、後ろの騎士達がくるりと回れ右して門へと向かう。
思ったよりも理性的に話を飲み込む巨人のような騎士。そのせいか、俺の中ではもしかしてずっと気になっていた疑問にも答えてくれるんじゃないかという欲が生まれて、
「待て! いや、待って、ください」
気づけば俺は、壁内へと戻ろうとするその大きな背中に声を張り上げていた。