ここからが正念場
手術からあっというまに三日が経った。今のところ、ボルドルさんは元気そのものだ。しかし、標石で頻繁に確認するも、紫色から色が薄れる様子も濃くなる様子もない。
このままだと何事もないままボルドルさんは三十歳の誕生日を迎えてしまう。それじゃあ駄目なんだ。
幾度チェックしても紫色からなんの変化も示さない標石の色に焦燥感が募る中、異変は起きた。
「う、ぐっ」
突然、リーゼと話して笑っていたボルドルさんが胸を押さえて膝をつく。
「ボルドルさん!」「ボルドル!」「父ちゃん!」
テトやハンターが、覚悟を決めた表情で剣の柄に手をかける。が、ボルドルさんのごつく大きな手のひらが、彼らを制した。
ゼェハァと苦しそうな息遣いが、だんだんと落ち着いていく。
「ふう。まったく、ずいぶんと懐かしい感覚だったな。魔核が形成される、あの感覚。ガキの頃はこのまま死ぬと思うほどだったが……。ハッ。なんだ。案外大したことねえじゃねえか」
ボルドルさんは何事もなかったかのごとく立ち上がった。
体をかっさばいて確かめるわけにもいかないが、ボルドルさんの感覚が確かなら、新しい魔核がまさに今、彼の体内に生成されたようだ。
俺は慌てて標石をボルドルさんの体に押し付けてみる。その色は魔核ができて濃くなるどころか、今朝チェックした時よりも明らかに薄い赤色へと変化していた。何度繰り返しても、標石を変えてみても、その色が紫色になることはない。俺はいっきに脱力する。
「魔物化の可能性は、これでだいぶ減ったな」
「ああ。赤なら少なくとも当面の間は大丈夫そうだ。要観察ではあるけどね」
さすがのテトも安堵の息を漏らす。
……ギリギリで標石の色が変わってくれて本当に助かった。
たとえ魔核を摘出したことで魔物化を食い止められるのだとしても、標石が紫を示したままじゃ説得ができないからな。正直もう駄目かと思ったけど、本当に、本当によかった。
でも、気を緩めるのはもう少ししてからだ。まだ全てが終わったわけではないのだから。
四日後、ついにボルドルさんの三十歳の誕生日がやってくる。ボルドルさんの死が定められた日。壁内から執行人がやってくる日。
さあ、ここからが正念場だ。