成功の定義
手術を実行するに向け気がかりだったのは麻酔についてだった。俺の知っている手術というのは麻酔をかけるのが普通だ。だから麻酔なしの手術は問題ないだろうかという心配がずっと頭の隅にあった。
だって麻酔無しの手術にどんなデメリットがあるのか、ふんわり知識しかない俺には分からない。単純に患者であるボルドルさんが痛みを耐えなければいけないというだけならまだいい。でも痛みに力んだり、暴れたり。麻酔無しだと色々と手術の成功率に影響が出そうなのが素人の俺には怖かった。
まあそれでも、いつボルドルさんが魔物化してしまうかも分からない中あるかもわからないそれらしい働きのある薬や魔法を探している時間はない。麻酔が無くとも手術はするつもりではいた。
だがそんな時、以前見たステラの体を動けなくするオリジナルの魔法を思い出したのだ。あの魔法で麻酔を代用できないだろうか。
そう思い俺はステラに頼んで自分にその魔法をかけてもらった。結果は大当たりだった。
額をタッチされたと認識し、気づいたらもう魔法が解けた後だった。それなりに時間が経ったと教えられても信じられなかったくらいだが、魔法をかける直前にひっくり返していた砂時計が時間の経過をたしかに表していた。
つねったり色々と試してくれたらしいがまったく覚えてないし、痛がっている様子もなかったようだ。
ボルドルさんのような剛力が暴れなくなるだけでもこの手術の際、この魔法を価値はある。
ステラに事情を説明し協力の申し出をしたところ、
「それでテトさんやハンターの皆さんへ対して、少しでも罪滅ぼし……いえ、恩返しになるのなら。それに大切な人が魔物化して、わたしのような思いをする人を、もう出したくないですから」
と心良く承諾してくれた。
魔法をかけられたボルドルさんの頬をつねるってみるも、反応はない。呼吸や心拍にも素人調べではあるが異常はなさそうだ。俺は頷く。キュアの準備をしている神父様に眼を向けると、俺と同じように頷いた。
それを受け、いよいよテトの持つメスもどきがツルツルにされたボルドルさんの胸へと押し当てられ、ぷくりと血の玉が浮かんだ。
「息は、してるみたいだ」
手術が終わり、上下するボルドルさんの胸を見て俺は呟く。手術の痕跡は、神父様の魔法によって何事もなかったかのように綺麗さっぱり消えている。けど、傍らに置かれたボルドルさんの体の中にあった紫色の魔核は確かに今目の前にある。
なんのアクシデントも起きず、テトは一寸の狂いも迷いもなく、ボルドルさんの体から魔核を摘出した。手術は終わったけど、ボルドルさんは生きている。問題は、この後だ。
俺は標石をボルドルさんの肌へとできるだけそっと触れさせた。その色は、
「紫、だな」
体から取り出した魔核となんの変化もない色。
「なあ。成功した……んだよな?」
リーゼが下から覗き込むように尋ねてきた。懇願するような、不安そうなその表情を安心させたいという気持ちはある。でも嘘はつけなかった。
「ああ。手術は成功した。でも、魔物化しないかどうかはまだわからない」
色が薄くなっていてくれれば少しは安心できたのに。
「もちろん、魔核がなければ魔物化しない可能性だって十分にある。それでも監視は、続けるべきだろうね」
そうだ。テトの言う通り魔核がなければ魔物化することはないかもしれない。でもそれだけじゃ足りないんだ。ハンター達もリーゼも、そのことをどこか理解しているのだろう。
「そっか。そうだよな。きっと大丈夫だよな」
リーゼは自分自身に言い聞かせるように呟いて、いつもと違うぎこちない笑みを浮かべた。