親子の絆
「それにしてもやり辛いったらないな」
「ボルドルさんの体が切り裂かれるところなんて見たくない」とピンチ―が出ていった後、背中へと突き刺さる、部屋に残ったハンター達の俺たちの動きを監視しているかのような訝しげな視線に俺は苦笑する。
「ピンチーだけじゃなく、彼らは誰もぼくらがボルドルさんを救えるとは信じてないってことだ」
「おいおい。俺は信じてるぜ」
そう言って扉を弾くようにして部屋に入ってきたのは患者であるはずのボルドルさんだった。
「手術についての話を深く理解していないだけじゃなく?」
「死ぬかもしれねえってんだろ? そこだけはちゃんとわかってるっての」
「ホント、自分がされることの内容もよく理解せず、よく人様に命を預けられるものだよ。何度も言うけど、正直言って助かる確率は」
テトの頭に大きなげんこつが落ちた。ゴツンと生々しい音が鈍く響く。
「いきなりなにを……」
テトは殴った張本人であるボルドルさんを睨みながら頭頂部を擦った。
「馬鹿野郎。なにが人様だ。なにが確率だ。おまえは俺の息子だぞ? どんな無謀だろうが、息子を信じねえ親があるか。しゅじゅちゅだかじゅじゅちゅだか知らねえが、とっととやってくれ。今の生活を続けてたら魔物化やら寿命やらの前に、体が鈍りすぎて死んじまうぜ」
「……ああ。わかったから患者のうちは大人しくしていてくれ。準備ができたからこっちから呼びに行くと言ってあっただろう」
「へいへい。さっさと呼んでくれよ。じっとしてるのは落ち着かねえんでな」
ボルドルさんは豪快に笑いながら部屋を出ていく。
「リーゼは、ボルドルさんと一緒にいなくていいのか?」
さきほどから準備を手伝ってくれているリーゼに気を使って尋ねるが、彼女は「ああ、大丈夫だ」と笑う。
「リーゼ。失敗する気なんてもちろん無い。ただそれでも、ボルドルと話したいことがあるのなら今のうちに済ませた方がいい」
テトがそう促すも、リーゼはううんと首を横に振った。
「確かに話したいこと、いっぱいある。でも、そういうのは全部テトが父ちゃんを助けたあとに話せばいい。だから今は少しでも早くしゅじゅちゅをやってくれよ。父ちゃんが助かる確率は今が一番高いんだろ?」
「ああ、そうだね」
本当に、この小さな女の子は本当に強いな。こんな状況で、それでもにかっと笑うリーゼに俺は心の底からそう思った。
部屋の中央に置かれたベッドの上にボルドルさんの巨体が横たわっている。サイズが足りないんじゃないかと不安だったが問題はなさそうだ。
もうこれで準備はできた。できてしまった。
ボルドルさんが魔物化する前に一刻も早く準備をしなければと思っていた。でも失敗したらどうしよう。ずっと準備が続けば良いのにという迷いもあった。ここでやめるという選択肢はもちろんないが、それでも怖いものは怖い。だって今からするのは手術だとか医療なんて言うのもおこがましい。魔法とテトの技術、そしてボルドルさんの体力に頼ったただの超ゴリ押しのパワープレイなのだから。
それでもやるしかないのだ。
「おいテト、準備はいいか?」
隣で久しぶりにマスク代わりのバンダナを口に巻き、メスを手に構えるテトに問いかけるも、返答がない。
「おいテト?」
再度呼びかると同時に、テトのメスを構える手が震えていることに俺は気づいた。
今から自分が人一人の命を左右する。その事実だけで重たいというのに、それに加えて相手が自分の親だ。平常心を保てという方が無理な話だろう。
今のテトの精神状態で、手術に踏み切っていいものかと俺が迷う中、「ハッ」とベットに横になっているボルドルさんが笑った。
「なーにびびるこたあねえ。人体の臓器の位置、魔核の位置。誰がおまえに教えたと思ってる。おめえならできる。おめえにできねえなら、他の誰にもできねえよ。だからプルプル震えてんじゃねえぞ馬鹿息子が」
ボルドルさんの叱咤にテトは数秒眼を見開いた。
「そうだね。魔核の位置も、急所の位置も、一番熟知してるのはこのぼくだ。だから、ぼくが切るのが一番成功率が高い。なのに、わざわざ自分から手を震わせて成功率を下げるほどバカなことはない」
テトが長く息を吐く。
「……さて、始めよう」
緊張も迷いも一緒に吐き出したように、その手の震えはいつのまにか止まっていた。
「じゃあ、ステラ。魔法を頼む」
「は、はい。それでは、行きます」
俺の呼びかけに、ひどく緊張した様子でステラが頷いた。
テトにお礼と謝罪がしたいと言っていた少女。かつてハンターを憎んでいた少女。彼女の手が、ボルドルさんの額へと触れた。