漆黒のマントははためく
ボルドルさんを説得するために色々と準備していたのが馬鹿らしくなるくらい、そこからの話はトントン拍子に進んだ。ボルドルさんがあっさりと手術を了承し、俺たちは今治療院の一角を手術室に変えるため準備の最中だ。
何人ものハンター達が背後で見てくる中、新たに部屋に入ってきた人物に俺は眼を見開く。
「どうも。さっきぶり」
そう言ってこちらに手を振って近づいてくるのはさきほどまで俺を羽交い締めにしていたピンチー。そしてアドランゼルだった。
「おっと、それ以上は近づくなよ」
と、隣に並んでいたアドランゼルがこっちに歩いてこようとするピンチーの前へと腕を出して制す。
ピンチーは「はいはい」と両手をあげて敵意の有無をアピールした。
「安心しろ。身内のことだからといってお咎めなしってわけじゃない。そして今は俺がついている。おかしな真似はさせないさ」
ピンチーの見張りがアドランゼルというのは絶妙に不安だったが、他のハンター達もテトもなにも言わないということは問題ないのだろう。
安心しろと言われたものの、俺はピンチーに恐怖は感じていなかった。
首に刃を立てられていたことを考えると自分でも不思議ではあるが、どちらかというとこれからピンチーはどうなるんだろうという心配の方が大きかったりする。
こうやって見張りがついているところを見るとどうやら問答無用で死刑ってわけじゃあなさそうだけども。
「ボルドルさんとリーゼが了承した今でも、ピンチーは手術に反対なのか?」
「もちろん。まああくまでわたしはだけどね。でも君らを止めようって気はもう無いかな」
「まあ今更止めようとしてももう無理だけど」とピンチーは肩をすくめて腰のあたりをぽんぽんと叩く。そこにあった剣が今はない。
「ピンチー。手術を止めようとした君の気持ちも、ぼくにはわからなくはない。もし少し前のぼくだったら、きっと君と同じように」「いいよそういうのは」
フォローするテトに、彼女はうざったそうにひらひらと手首を振った。
「リーゼに自分を重ねて、気持ちを代弁したつもりになってたけどリーゼはわたしじゃなかったっていう当たり前の話。そんな当たり前の話が理解できなかったバカが一人で先走ったっていう、ただそれだけの話」
自嘲するように笑うピンチーに、テトは黙り込んだ。
「ねえマサト。立案者から見て、実際ボルドルさんが助かる確率ってどれくらい?」
ピンチーの質問に俺は考えた。なんと答えるのが正解だろうか。助かる確率なんて俺にはわからない。でも、嘘をついて確率を高く見積もれば彼女、そして周りでこちらを見ているハンター達を安心させることはできる。
意を決して口を開いたその時、俺に嘘は向いていないという神父様の言葉が脳裏をよぎる。
……どうするのが正解かなんて、なにバカなことを考えているのだ。バカな俺にどうすれば正解かなんてわかるわけがない。なら、どうしたいかで決めるしかない。
「わからない」
結局俺の口はそう呟く。俺は、たとえその手段が対立していたとしても、本気でボルドルさんを案じているピンチーに嘘をつきたくなかった。
「でも助けてみせる。……テトが、だけどさ」
「そこで他人に振るのは、ちょっとダサくない?」
そこを突かれるとぐうの音もでないわけだけども。
「もし手術がうまくいかなかった時はぼくを殺すなりなんなり、君の好きにすればいいさ」
俺がなに言ってるんだとテトの発言を咎めるよりも早く、ピンチ―が笑い声をあげる。
「もし上手く行かずにボルドルさんが死んでもテトは殺さないよ。だって君はボルドルさんの息子だから。だからその時はマサトを殺すことにしようかな」
「ふざけ」「まあ、待て」
ピンチーに詰め寄ろうとするテトにアドランゼルが手のひらを突き出した。
「テト。おまえがもし手術とやらに失敗したとしても、俺がマサトを守ってやろう。俺はハンター最強の男。漆黒のアドランゼル。ピンチーよ。俺のこの魔眼をかいくぐりマサトを殺せるものなら殺してみるがいい」
そう言ってアドランゼルは指で撫でるように自らの眼をまぶた越しになぞった。
ちなみに彼の使える魔法はテトと同じ水魔法。それも水瓶を何杯かいっぱいにする程度が限度らしい。魔眼どうこうは完全に彼の妄想だ。
「そりゃあ守ってくれるっていうなら助かるけどさ。俺を守る状況ってつまりボルドルさんが死んだときだぞ。むしろハンター達一同にリンチにされたって文句は言えないと思うんだけど」
「まあ手術とやらでボルドルさんが死んで、話の出どころであるおまえを憎まないと言えば嘘になる。が、だからと言って仲間が人殺しになるのを黙って見ているバカはいないさ」
いつものように無駄にマントをはためかせアドランゼルはクククと笑う。
「あっそ。邪魔したいなら勝手にどうぞ」
ピンチーは仲間と呼ばれたことに感動する様子もなく、むしろふてくされた様子で舌打ちを打つ。
「ああ。そうさせてもらおう」
痛くて胸が苦しくなるアドランゼルの仕草が、今日だけはどうにも格好良く見えてしまった。
「……わたしさ、マサトのこと割と気に入ってるんだよね」
なんて唐突にピンチーが呟くが、殺される一歩手前まで行ったあとに言われても信じろという方が無理がある。
「まあ別に信じてくれとは言わないけどさ。ハンターである私達に、なんの忌避感もなく接してくれるどころか、むしろ尊敬されてるって感じ? そういうのが伝わってくるんだよね。そういう奴、仲間以外だと初めてだったから。できれば殺したくないわけ」
そんな猜疑心は筒抜けだったらしく、ピンチ―はそう付け加えた。
「だからさ、テト。ちゃんとボルドルさんを救ってよ」
「ああ。言われるまでもない」
ピンチーはテトの眼をまっすぐに射抜き、テトはその視線を真正面から受け止めた。