準備完了
「薄くて軽い。本当にホメロスは良い仕事をする」
テトが、鍛冶師のホメロスさんに頼んで作ってもらったメスもどきを掲げる。その刀身はキラキラと鏡みたいに反射していた。
前回のガスマスクのときもそうだったけど、俺のほわほわとした情報でよくここまで求めてるものを作り出せるものだ。すごいを通り越して頭の中の映像を覗き見されてるんじゃないかと怖くなってくる。
「けどとても。とても重いねこの刃は」
テトとこのメスもどきが、ボルドルさんの命を左右する。きっと俺には耐えきれないくらい、その薄い刃は重いのだろう。
「まったく。今まで散々殺すために刃を振るってきたぼくが、救うための刃を振るうことになるとは、皮肉が効いてるよ」
テトはメスを手に、自虐するように笑った。
「おまえが振るってきたのは今までだってずっと、誰かを救うための刃だったよ」
俺はテトの振るう刃に助けられた。俺だけじゃない。ステラや、他にも大勢の人が助けられてきたはずだ。
「そうかな」
「そうなんだよ」
俺がそう言っても、テトは納得してなさそうだった。そりゃあ感謝をほとんどされてこなかったんじゃ、実感も沸かないか。
それに身内の言葉じゃ意味がない。救われた人たちの感謝でしか、テトを納得させることはできないのだろう。
もどかしいけど、心配はしていない。ボルドルさんを救って状況が落ち着けば、ステラがそれをわからせてくれると思うから。
とにもかくにも、全てはボルドルさんを救ってからだった。
あれから動物で手術の予行練習を何度も行った。
結果はねずみ、鶏は全滅。牛は5匹中1匹成功。ギースは2匹中2匹ともに成功。
失敗づくしの中、成功例があるというだけでもかろうじて心の支えになった。それに、たとえギースであっても魔核を生きたまま体内から取り出したという功績があるだけで、ボルドルさんを説得する材料になる。
満を持してとはいかないが、最低限の準備はできた。俺とテトは、ハンターギルドへ向かおうと外へと繰り出す。が、すぐにその足は止まった。
扉を開けたすぐそこに人が立っていたから。
「やあテトにマサト。こんにちはー」
「こんなことろでなにやってるんだよ、ピンチー」
そこに居たのは珍しい女ハンターのピンチーだった。辺りを見回すもリーゼの姿は見当たらない。今日は護衛で来たというわけではないらしい。
「非番ってやつ? なんだから、わたしがどこでなにをしててもいいでしょ?」
「それでなんの用だい。ぼくらは今急いでいるんだけど」
「テト、今日はハンターギルドに行くの? 数少ない休みなんだからちゃんと休んだ方がいいと思うけどな」
「ぼくの質問に答えてくれるかな」
「うーん。簡単に言うと、ハンターギルドに行く君たちを止めに来たってかんじ?」
「今日ぼくがギルドに行ったらなにか都合が悪いことでもあるのかい? 誕生日はまだ先のはずだけど」
あははと笑って「違う違う」とピンチーは首を左右に振った
「今日だけじゃない。今日も明日も明後日も。手術なんてさせないよ」
ピンチーから手術という言葉が出たことに驚く。
「リーゼから聞いたのか」
「ううん。あの子はまだハンターにもボルドルさんにも話すかどうか迷ってる。話したら、ボルドルさんが了承しちゃうかもって思ってるんじゃない? わたしも正直そう思うし」
リーゼに聞いてないなら、どこで知ったんだと疑問に思うが、リーゼに手術のことを話した時、ピンチーは仮眠を取るといって近くにいたのだ。あの時話が聞こえていたのだろう。なにせ彼女は耳がいい。
まあ今どうやって知ったかなんて重要ではない。問題なのは、
「ピンチーは、手術に反対なのか?」
「そういうこと。力ずくでも止めるつもりってくらいには反対も反対」
「力ずくで君にぼくが止められるとでも?」
そう言いながらテトが威嚇するように一歩前に出た。しかしピンチーが怯む様子はなく、むしろいつもと同じ、緊張感のない天真爛漫な笑みを浮かべていた。
「思ってるよ? だってテトは仲間に全力を出せるような奴じゃないし、それに……」
ピンチーと眼が合う。と思った瞬間、彼女が視界から煙みたいに消える。
「手頃な人質もいるわけだし」
気づいたときには俺はピンチーに後ろから羽交い締めにされ、首筋に向けて刃が立てられていた。