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所詮は他人目線



 皆がもうそれぞれの仕事で孤児院からいなくなった朝。聞き覚えのある声が裏の畑まで響いてきた。


 俺は聞き間違えを疑いながらも玄関へと様子を伺いにいく。


「よぉ雑魚。あれからハンターギルドに顔出さないから、こっちが顔を出しに来てやったぞ」


 扉の前に居たのは仁王立ちで腕組みしたリーゼだった。後ろではピンチーが「こんにちゃー」と手を振っている。



「ピンチー、おまえボルドルさんの監視はいいのか」

「別の奴と交代中。リーゼがどうしてもここに来たいって言うから、休みだったわたしが駆り出されたってわけ」


 そう言って孤児院に入ってガスマスクを脱いで早々、ピンチーは大きなあくびをした。


「家の中なら大丈夫だよね。誰か来たら寝ててもわかるから、わたしはちょっとかみーん」


 ピンチーはずかずかと寝室に押し入り、ベットへと飛び込む。なお、彼女が寝そべったのはぼくのベットだった。しばらくしても、起き上がる様子はないどころか、寝息すら聞こえてくる始末だ。


「本当に寝ちゃったのかよ」

「父ちゃんのことずーっと見てくれてたから、疲れてんだよ。このまま眠らせてやってくれないか?」


 そんなリーゼの言葉で、せめて余ってるベットで寝てくれと自分のベットで寝るピンチーをゆすり起こそうとしてた俺はその手を止めた。


「そういうことなら、まあ仕方ないか」


 それよりも気になるのはリーゼがどうしてもここに来たかだ。なにかあったろうか。今この状況で、父親であるボルドルさんと一緒にいることより優先することが。


「今日は、礼を言いに来たんだ。この前はどたばたしてて、忘れてたからさ」


 こちらの疑問を察してか、リーゼは言う。しかし心当たりはない。


「おまえらのおかげで、父ちゃんは魔物にならずに済むんだ。誰も傷つけずに済む。きっと、父ちゃんも一番それを望んでるから。だから」

「ちょっとストップ!!」


 俺はリーゼの前に両の手を突き出して待ったをかけた。


「なんだよ。せっっかくわたしが直々に礼に来てやったっていうのに」


 不満そうにリーゼはむすっとする。


「いや、そのせっかくのところ悪いんだけど、お礼は、まだ取っておいてほしいんだ。俺たちが、ボルドルさんを助けるまで」

「なに言ってるんだよ、おまえ」

「なにって、言葉通りだ。俺やテト、それにエルもドルボルさんを救うために動いてる」


 途端に、リーゼの瞳が鋭くなる。


「父ちゃんは、魔物になってまで助かるなんて、そんなこと望んでない。バカなこと考えてるなら」

「ああいや違う! それは勘違いだって」


 俺は剣呑な雰囲気になっていくリーゼに再び待ったをかけた。けどそうか。ボルドルさんを助けるって言うと、普通に考えたらそうなってしまうのか。


「そんなバカなことを考えてるんじゃないんだ。手術……って言ってもわかんないよな。魔核と魔物化が密接に関係してるのは明らかだろ? だから、その魔核をボルドルさんから生きたまま取り出す。俺たちがやろうとしてるのは、簡単に言うとそんなことなんだ」


 ピタリとリーゼの表情が固まる。そしてわなわなと震え出す。そして、


「バカなことは考えてないって、父ちゃんを逃がすよりか、そっちの方がよっぽどバカだろ!」


 そう叫んだ。


「生きた人間の体をほじくるなんて、頭イカれてんじゃないのか!?」


 リーゼは自分のこめかみを人差し指でトントンと叩く。


「いや、キュアを使えば、死なせずにいけるんじゃないかと思って」


 まだ神父様に協力の了承すら得られてないわけではあるが。


 リーゼはどうやら俺が本気だと感じ取ったらしく、


「……マジかよ」


 と唖然とした様子で呟いた。


「……そんなこと、本当にできたら最高だけどさ。失敗したら、父ちゃんは死んじゃうんだろ? 今言ったしゅじゅつ? っていうのが上手くいくって、わたしにはどうしても思えないんだよ。それこそ成功率なんて、すっげー多く見積もっても1%くらいにしか思えない。そんな分の悪い賭けに父ちゃんの命をかけるなんてありえないって」


 1%。「この手術の成功率は〇〇%です」そんな風にドラマで医者が患者や患者の家族に伝えているシーンを思い出す。でも、俺にはそんなことすらわからない。成功率が低いか高いかすらわからない。

 1%どころか、もしかしたら成功率は0%かもしれないのだ。


 無知な俺にリーゼの成功率1%という見立てを覆すことはできなかった。


 けれど強いていうのなら、


「分の悪い賭けってのはわかってる。でもこのままだとドルボルさんは100%死んでしまうじゃないか」


 魔物になる前にハンターの手で殺されるか、壁内から来るという執行人に殺されるか。いずれにしろ殺されてしまうことに変わりはない。


「どうせ死んでしまうなら、たとえ助かる確率が1%だったとしても賭けてみる価値はあるんじゃないか?」


リーゼは「それは……」と呟いて、その先の言葉を探すように視点をあっちこっちに泳がせる。


「そうだけど。いや、そうだよな。これってわたしがどうこうじゃなくて、父ちゃんが了承するかどうかだもんな。」


 ボルドルさんが了承するかどうか。その言葉選びはつまり、


「リーゼは手術、反対なのか?」

「反対っていうわけじゃないけど、快く承諾もできない。なんていうか、わかんないから」

「導石の色を見ただろ。ボルドルさんはもういつ魔物化してしまうかもわからないんだ。たとえ1%でも、今が一番助けられる可能性が高いんだよ」


 少なくとも、リーゼは俺の説明を正しく理解しているように見える。だというのに、なぜ手術を否定するんだ。今のところボルドルさんを、リーゼの父親を助けられるかもしれない唯一の方法だというのに。


「父ちゃんはいつ魔物になってもおかしくない。だからおまえらはその手術っていうの、すぐにでもしようって言うんだろ?」

「ああ。そりゃそうだよ。だって魔物化してからじゃ手遅れなんだ。手術は早ければ早ければいい」


「でも、そのしゅじゅちゅってのをしなけりゃ魔物化せずに、誕生日まで一緒にいられるかもしれない。

 わかってるよ。おまえの言うしゅじゅちゅで父ちゃんは助かるかもしれない。でも、死んじゃうかもしれないだろ。1父ちゃんが助かる1%と、確実に父ちゃんと過ごせる残された時間。どっち取るかなんて、わたしには選べない」


 その言葉に、正しく状況を理解していないのはリーゼではなく自分の方だったと思い知らされる。


 結局のところ、俺は第三者だった。

 

 バルドルさんを救う。その方法が可能か不可能かばかりに思考がいって、一番大事な人の心という部分を置き去りにしていた。


 ハンター達にとって、家族にとってボルドルさんと過ごせる最後の時間。それを奪ってまで成功率の低い賭けに出ることははたして正しいことなのか。


 確かにそれは、リーゼだけでなく俺にもわからなかった。


「……リーゼ。悪かったな。ボルドルさんのこと、どうせ死んでしまうならなんて言って」

「別にいいって。だっておまえらは父ちゃんを助けようって頑張ってくれてんだろ? それはわたしもすげえ嬉しいし。でも、そのしゅじゅちゅに関しては、ちょっと考えさせてほしい。って言っても、決めるのはわたしじゃなくて父ちゃんだけど」

「そうだな」


 結局はボルドルさんが了承するかどうかだ。


「あと、手術な」

「しゅじゅちゅ」


 指摘するタイミングのなかった間違いを訂正するも、リーゼの発音に変わりはなかった。

 聞き間違えというより、滑舌の問題だったらしい。


 しかし、リーゼと話すことができて本当によかった。おかげで、手術により魔物化を防ぐことが可能か不可能を置いておいて、手術をする上で最も必要なものに気づけた。それは患者であるボルドルさんの同意だ。


 手術について話した時のリーゼの反応を見るに、神父様のように過去の記録を知らない人たちにとっても手術という手段は快く思われない可能性が高い。

 ならば、せめて少しでもボルドルさんが手術に同意しても良いと思えるよう、準備を万端にする必要がある。


 今揃っているのは執刀医担当のテト、そして消毒担当のエル。


 なら俺が差し当たってやらなければならないのは、手術は愚かな行為言い放った神父様に、手術の協力を申し出ることだった。




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