必要な人材
「悪いな。任せろとか言っておいて、こんな責任重大なことを頼んで」
「いや。自分にもバルドルの為にできることがあるっていうのは、むしろ嬉しいんだ。それに人の急所も、どこにどんな臓器があるのかも徹底的に教え込まれてるからね。死体から魔核を取り出すのだって、君の何100倍も経験豊富だ。ぼく以上の適任者はいないだろう」
ボルドルさんの手術。魔核を取り出す役目はテトに任せることにした。
最初は言い出しっぺの責任を取って俺がやるつもりだったのだが、話を聞いたテトは、さっき言ったような理由で俺じゃなく自分がやるべきだと言い出したのだ。
俺とテト。どちらが担当したほうが成功率が高いのかは一目瞭然だった。それでも俺はテトに任せるのを躊躇した。
だって手術という俺の考え自体に問題があって、仮にテトの手際が完璧だったとしてもボルドルさんを助けられない可能性だって十分にある。
ハンター達じゃないけど、もし上手くいかなかったときは、テトにその手でボルドルさんを殺させてしまうことになってしまう。
ただそれでも、
「1%でも確率があがるのなら、ぼくがやるべきだ」
そう言い張るテトに、俺は結局執刀を任せたのだ。
「話はそれなりにわかったけど。ねえ、これってわたし本当にいる? 神父様のキュアだけでいいと思うんだけど……
エルは不安そうに体をもじもじとひねりながら聞いてきた。
「ああ、必要だよ」
俺は深くうなずいた。
なにせ神父様に気になって聞いたところこの国には酒はあっても消毒がないらしい。
神父様のキュアは病気や怪我を治すことはできても、その予防はできない。だから壁外の不清潔な環境で手術をすることは、体の中に細菌やらなにやらが入り込んで悪さをしてしまうんじゃないかが心配だったのだ。
別に細菌やらウイルスやらが入り込んで、術後になにか異変が生じたとしてもキュアで治せばいいじゃん! と俺も最初は思ったのだが、キュアが対象の体力を消費するという話を思い出して考えを改めた。
神父様の話を聞いた限り、どうやらキュアは発症してしまった症状しか治療できないらしい。たとえ手術にギリギリボルドルさんの体力が保って成功したとしても、術後に病気かなにかで追い打ちをかけられたら助かるものも助からなくなってしまう。
今のところ俺の中の殺菌の知識なんてアルコール消毒と煮沸消毒止まり。だからといって部屋中に酒をぶっかければいいというわけでもないってことは俺にもわかった。
結局、現状で細菌やウイルスを完全にブロックできる現実的な選択肢は、非現実的なエルの光魔法、クリーンしか思い浮かばなかった。
という話をウイルスや細菌という単語を神父様も口にしていた病魔という言葉に置き換えて説明したところ、
「病魔って本当にいるんだ」
というのが俺の説明を聞いたエルの第一声だった。
「じゃなきゃ病気になんてかからないだろ」
「いや、なんていうか、実態のない悪魔みたいのだと思ってたから」
「なんだそりゃ」
そんな変な宗教にハマっちゃった人でもあるまいし。
「悪いけど、おかしいのはエルじゃなくて君の方だ。僕も含めて、ほとんどの人達はエルと同じ認識だと思うよ」
「マジか」
テトの言葉に俺は愕然とする。そして同時に思い直す。変な宗教みたい、と言ったが、実際にこの国ではエステリカ教とかいう変な宗教が出回っているわけだし、文明レベルも……世界史は苦手だったからよくわからんが多分中世とかそこらに見える。
細菌やウィルスという概念は……ないんだろうな。あっても一般常識ではなさそうだ。
「もしかしてクリーンって、結構すごい?」
エルが呟く。
「ああ、結構すごいと思う」
そう。クリーンはデメリット無しで病気や怪我の悪化を予防できるすごい魔法なのだった。
強いて欠点があるとするならばそれは恩恵が実感しにくいところだろうか。
逆に、同じ光魔法でもキュアほど実感しやすい魔法もそうはない。なにせ、傷がすぐさま治ってしまうのだから。
キュアで怪我を直してもらえば何も言わずとも感謝するが、私のクリーンのおかげておまえは今健康なんだぜ? なんて言われても、実感がわかないどころか詐欺としか思わないだろう。
「まあ、細菌……いや病魔が消せるっていうのは、あくまで俺の憶測でしかないんだ。でも、可能性は高いんじゃないかって思ってる」
俺がデハル病とかいう未知の感染症らしきものにかかったのが、ちょうどエルがクリーンを使えなくなった期間と重なるのが根拠といえば根拠だろうか。
他国どころか異なる世界、それも清潔とは言いづらい環境で過ごしていたというのに、思えば今まで感染症どころか風邪一つひかなかったのは、エルが毎日かけてくれていたクリーンのおかげだったのかもしれない。
たとえこの憶測が間違っていても、クリーンをかけてもらうことがマイナスになるってことはないだろう。やれることはやっておいて損はない。
エルは、俺の話をどこかぼーっとした様子で聞いていた。
「おーい、大丈夫かー」
「なんか実感沸かなくて。そうなんだ。わたしの魔法、実はすごかったんだ」
蔑まれてきた自分の魔法が、実はすごかったなんて言われても実感がわかないか。
「だから言っただろ。エルはすごいって」
「うん。わたしは、わたしはすごいんだ!」
エルの瞳にメラメラとした光が戻る。エルはすぅっと息を吸い込んだ。
そして、
「わたしをバカにしてきたやつらは、全員ざまあみろ!」
暗くなった外に向けてそう叫んだ。