愚かな外法
思わずガチャリと開けたい気持ちを抑え、一度深呼吸をしてから書斎のドアをノックをする。中から「どうぞ」と聞こえてきたので、部屋に入り、言った。
「あの、神父様。聴きたいことがあるんですけど」
まず初めに確かめたのは、外科手術の有無だった。魔法があるこの世界にも、薬草やらなにやら煎じて処方する薬師のような存在がいることは知っていた。しかし、魔物化への対処として魔核を摘出するという事例がいままでにあったかはさすがに俺じゃわからない。こんなときはやはり神父様に聞くに限る。
最近俺は書斎にある本を流し読みしているが、どう考えても本の数と神父様の知識量が合わない。やはり神父様のその湯水のように湧き出る知識は壁内にいる時に培われたものなのだろうか。
「外科手術の悪しき文化は退廃して久しいのです。
「悪しき文化、ですか」
この世界、というか国にも手術という概念は存在するようだ。しかし、どうも神父様の反応が悪い。
「記録では手術は助かる確立のほとんどなく、むしろ切った箇所から穢れが入り込み命を落としかねない禁忌とされています。キュアが開発されてからは、そういった行為についての記載はぱたりと出てこなくなりますが。まあ、当然といえば当然ですね」
神父様はため息を吐く。
「まったく愚かなことです。そんなでたらめな治療でいたずらに人の命を無駄にするなどと」
神父様にとって外科手術は、傷口に糞を塗り付けるような医学的根拠のない愚かな行為に映ったのだろう。けど、外科手術で人が救えるという事例を俺はいくつも知っている。
手術という手法が生まれて間もない中、たしかに死んでしまう人の方が多かったかもしれない。これから手術の技術が確立されていくという前に、キュアが開発されてしまったのも手術が発展しなかった理由の一つではあるだろう。
そう。この世界ではキュアができたからこそ、手術とういうアプローチは完全にお払い箱になった。でも、俺の考えは逆だった。キュアがあるからこそ、俺みたいな専門知識もない馬鹿でも外科手術を成功させられる可能性があるんじゃないだろうか。
たしかキュアが開発されたのは瘴気の存在が問題になる前の大昔。手術という手法がそれ以前に廃れたものだとするなら、魔核を摘出して魔物化を食い止めるというアプローチに失敗例はないってわけだ。
まあそれは同時に、成功例もないってことではあるんだけども。
糸より細いかもしれない。でもまだ希望は残っていた。なら掴むしかないだろう。