謝罪と感謝
テトが魔物化してしまった彼女の母親を殺してから、二人は会ってたのか。そんな話、テトからは全然聞いてなかった。
「お母さんがああなってしまってからちょっとして、テトさんが店を尋ねて来たんです。なにか困っていることはないかって。野菜の育て方なら自分をそれなりに知っているから教えられるかもしれないと」
あの時テトは、彼女が死んだ母親の後を追うんじゃないかと心配していた。ずっと気にかけていたのか。自分のことをあんなに憎しみの籠もった目で見てきた彼女のことを。
「わたし、それを突っぱねたんです。あなたの助けなんて必要ない。先日も男に盗みが入ってきたけど撃退したって得意げに言い放って」
少なくともそのタイミングではまだ、魔物化した母親を殺したテトに対する恨みがあったということか。テトもそれくらいわかっていただろうに、よく会いにいったものだ。
「でもテトさんにハンターにそんな情報は入ってない。その犯罪者はどうしたのかと聞かれたんです。それで見逃したことを正直に話したら、さっきみたいな話を諭されて。わたし、余計なお世話だってまた反抗してしまったんですけど……その何日か後、この近くで店を開いている人が強盗に殺されたって知ったんです」
「それが、ステラが見逃した人だった……?」
そんな嫌な予想に反して、ステラさんは首を横に振った。
「わかりません。わたしが見逃してしまった人は、顔を隠していたので。でももしかしたらそうかもしれない。そう考えてすごく怖くなって。その時やっと気づいたんです。自分がなんて愚かなことをしたかってことに。どんな止む終えない事情があったとしても見逃してはいけなかったんだと思い知ったんです。わたしが見逃してしまった強盗も……そしてあの時魔物になってしまった、私の母も」
自分に言い聞かせるように、ステラはつぶやく。
殺すしかなかった。仕方のないこと。第三者が冷静にそう言うのは簡単だ。でも、当事者がそれを言うのは簡単なことじゃない。頭で理解できても、心が納得できるかは別だから。
「じゃあ今は、テトのことを恨んだりはしてないってことでいいのかな」
「はい。今はちゃんとわかってます。ハンターの人たちは、悪くないんだって。むしろ命を救ってくれた恩人なのに。それなのにわたしは勝手に恨んで目の敵にして」
「わたしが頼みたかったことというのは、それなんです。わたし、テトさんに謝りたくて。でも、自分から声をかける勇気がなくて」
ああ、なるほど。
「それで俺に声をかけたのか」
「はい。テトさんにそれとなく、またここに来てくれるようにお願いできないかと思って。わたしが追い返してしまってから、来なくなって」
ステラはしゅんと悲しげにうなだれる。
「それってちなみに、いつの話?」
「えっと、大体3週間くらい前だったと思います」
「やっぱりそうか」
それはちょうど、標石を取りに行った時期と重なる。それで帰ってきたと思ったら、今度はボルドルさんの件だ。そりゃあここに来る暇なんてないだろう。
「えっと……」
「ああ、ごめん。テト、ちょうど今ハンターギルドの方でちょっとした問題が起こっててさ。来なくなったっていうのは君がどうこうってより、単純に忙しいだけだと思うよ」
「そうだったんですか。私が嫌われたわけじゃなかったんですね」
ステラはほっと胸をなでおろした。
「まあとにかく。そんなことならお安い」「あの! やっぱりやめておきます」
「え? だってテトに話を通したいってことで、俺に声をかけたんじゃないのか。なのになんで」
「えっと、その」とステラは言葉を探しながら目を泳がせた。
「なんていうか、やっぱりずるいと思って。後悔してるって、謝りたいって言っておいてテトさんが来るのをここで待ってるだけなのも、人に頼むのも。本当に謝りたいなら自分から行動しなきゃ、ですよね。
だから私。ハンターギルドに行こうと思います。それで、テトさんと、ハンターの皆さんに謝ろうと思います」
「だからえっと、今日は結局無駄に時間を使わせることになってしまってごめんなさい」と言って、ステラは深々と頭を下げた。
「いや、無駄なんかじゃなかったよ」
ハンターのことを、認めてくれた人が一人増えたとわかったから。それは、俺にとってとても価値のあることだった。
「あのさ。ごめんって謝るのもいいんだけど。あいつらにありがとうって言ってあげてほしいんだ」
「え?」
ヨルも言っていた。大事なことは、きちんと言葉で伝えましょうと。あの時、ヨルに家族と言われて、俺は嬉しかった。好意を言葉として伝えられるのは、とても嬉しいこと。それは、ハンター達も変わらないと思う。
「だから、もし君が少しでも彼らに感謝の気持ちを抱いてるなら、ごめんだけじゃなくて、ありがとうも一緒に伝えてあげてほしい。あいつら、本当に良い奴らなんだよ」
瘴気に身を晒して、魔物もどき扱いされて。それでも魔物を狩って、街の平和を守って。どうしようもなくバカで、どうしようもなく良い奴らなんだよ。そんな奴らが感謝されないだなんて、そんなのおかしいじゃないか。
「そう、ですね。怖いですけど、わたし頑張ります! ちゃんと伝えます。謝罪も、感謝も」
彼女は活を入れるように、胸の前で両手をぐっと握った。
「あ、でも今はハンターギルドは忙しいんですよね。今行ったら迷惑でしょうか」
今しがた決意につり上がっていた眉がしゅんと垂れる。
「大丈夫。もうすぐギルドで起こってる問題、解決するからさ」
「本当ですか!?」
「ああ」
落ち込んだ表情が、ぱあっと明るくなった。
「だから問題が解決したら、教えるよ」
「はい。お願いします」
「じゃあ、俺はそろそろ帰ろうかな」
「マサトさん。改めて今日は、本当に有難うございました。畑について教えてもらったことも、色々と試してみますね。それでは、まだ」
ステラに見送られて、俺は帰路につく。
ステラにはああ言ったけど、実際は問題が解決する目処なんて立っていない。でも嘘をついたわけじゃない。だって俺たちがボルドルさんを救ってしまえば、嘘では無くなるのだから。