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一人で勝手に勘違い


 朝。仕事へ出るみんなを見送った後、俺はベットに再度横になっていた。と言ってもサボりってわけじゃない。明らかに体の様子がおかしいのだ。 立っているときは世界が揺れてるみたいにバランスが取りにくかったし、頭がぐわんぐわんと痛む。それにずっと耳鳴りがしていた。心当たりはあった。ついに俺にも来たのだろう。ハンスと同じ、瘴気の毒による中毒が。


 瘴気の毒は神父様でも治せない。エルの浄化魔法もまだ開発できてない。寿司を食うなんて、とうていできやしない。なにも成し遂げられず、こんな中途半端なところで終わってしまうのか。せめて最後にドルバルさんを救うくらいはしなければ、死ぬに死ねない。俺はやっとこさベッドで上体を起こす。体をずらしてベットから降りようともがく。けれど、そこまでだった。ぐらりと上半身が揺れ、バランスを崩して床へと叩きつけられたところで、俺の意識はなくなった。




 俺はいつのまにか落ちたはずのベッドに横になっていた。


「デハル病ですね」


 にっこりと、神父様がベッド横に設置された椅子へと腰掛けてそう言う。


「はあ、デハル病」


 初めて聞く病名だった。異世界なんだから当たり前なのかもしれないけど。


「症状としては頭痛、耳鳴り、発熱、平衡感覚の欠如が主ですね」


発熱……は見に覚えがないが、他すべてがキレイに自覚症状と当てはまる。もしかしたら頭痛と耳鳴りで気づけなかっただけで、熱も出ていたのかもしれない。


「えっと、じゃあ瘴気の毒による中毒とかではなく?」

「瘴気ではなく病魔の仕業ですね。でなければ私に治せるわけがないですから」


 確かにあの頭が割れそうな頭痛も耳鳴りも、今は嘘みたいに収まっていた。残るのは、というか悪化してるのは体のだるさだけだった。


「あなたは色々と忙しないですからね。忙しいときは自分でも気づかぬうちに心が弱るものです。そして心が弱っているときは、病魔に付け込まれやすいですから」


「殆どの場合子供の頃に一度罹るかどうかという病なのですが。まあ大人が罹る例もないわけでもないので、今回は珍しいケースを引いたのでしょう」


 子供の頃限定か。まるではしかみたいだなと思った。デハル病とかいうのは、この世界特有の感染症かなにかだろう。罹ったことのない俺には当然抗体もない。


 変なことをした覚えはないが、壁外自体が清潔とは真反対の環境だ。いつ感染したとしても不思議じゃなかった。俺は元の世界でも人並みに風邪を引くタイプだったから尚更だ。インフルエンザも毎年のようにかかってたし。

 むしろそんな俺が神父様に今まで物理的な怪我や筋肉痛以外で世話になっていないことの方が奇跡に思えてくる。

 

「悪夢や一時的な難聴、頭痛が初期症状としてあるはずなのですが……心当たりは?

「えっと、今にして思えば」


あの耳鳴り、前兆だったのか。ヨルが永遠と泳いでる姿を見せられたあれもやっぱり悪夢だったらしい。


「ならどうしてその段階でわたしに言ってくれなかったのですか?」

「それは、その。瘴気の毒による中毒だと勘違いしていて」

「だとしても、一度私に確認するべきでしょう。もし病気だったらわたしにキュアしてもらえば悪化したって大丈夫だろう。そんな風に楽観視していたのでは?」

「そんなことは……」


 ないとは言えなかった。むしろ大いにあるだろう。


「すみません」


 神父様はため息をつく。


「まだ、というより起きてから体がだるいんじゃありませんか?」



 そうだ。神父様の言う通り、体のだるさはむしろ増していた。鎧でも着せられてるみたいに体が重いったらない。



「あ、はい。でもキュアをかけてもらってるんですから、大丈夫ですよ」


 元気であることをアピールするように、俺は上半身を起こし、肩をぐるぐると回した。


「その体の怠さは、まさにそのキュアのせいなんですよ」


 しかし続く神父様の言葉に、「え?」と声が漏れる。


「それってどういう意味ですか?」

「そのままの意味です。マサトは魔法を万能の御業のように思っているフシがありますが、キュアとてあまりに大きな怪我や、治癒される側の体力が十分でない場合の治療はそのまま命を落としかねません。その体のだるさの原因は、キュアをかけられたことによって体力を消耗した結果です」


 キュアはかけた対象の体力を消耗する。その事実はすんなりと腑に落ちた。


 以前、俺はナイフが脇腹に深々と刺さった時もキュアで治療してもらった。治療後に感じていたえぐい倦怠感を、俺は傷が治っても失った血は戻らないのかな? と勝手に納得していたが、今にして思えばあれもキュアによって体力を消耗していたからだったのか。思えばあの時と今。体のだるさ加減がよく似ていた。


「魔法もなんでもできるってわけじゃあ、ないんですね」

「はい。ですから体に異変を感じた時はどんなに些細なことでも私に相談してください。どんな怪我も病も、早期に治せるに越したことはないですから」


 神父様は、いろんな患者を見てきたのだろう。もうキュアをかけたら死んでしまうとわかるほど弱った患者にも、多分神父様はキュアをかけてきた。結果的にキュアによって死んでしまった人々も、神父様はたくさん見送ってきただろう。


 神父様の口調も表情も軽やかで。でもその言葉は、とてつもなく重く耳に響いた。


「はい。絶対に」


 俺がそう答えれば、「さて」と神父様は膝に手をつき立ち上がった。


「それでは、わたしは治療院に戻りますね。患者の方々をそのままにしてきてしまったので」

「あ、はい。治療、いっつも忙しいのにすいません。今日は本当に助かりました」


 ぺこりと頭を下げると同時に、「ん?」と違和感に気づく。


「あの今って時間は……」

「昼過ぎくらいですかね」


 治療院がまだ開いているということは確かにそうなる。しかし、


「なんで、俺が倒れてることにこんなに早く気づいたんですか?」


 俺が疑問に思ったのはそこだ。だってみんなそれぞれの仕事にでかけたら、孤児院に戻ってくることは夕方以降までほとんどない。


「そこはヨルに感謝ですね」

「ヨルに、ですか?」

「昼、ヨルがわたしのところに来ましてね。昼、マサトは私のところにスープを届けに来る。なのにいつもの時間になってもスープを取りにこないなんておかしい。そういえば先日耳を気にしている素振りを見せていたことを思い出した。といったことを話してくれたわけです。それで私ももしやと思い孤児院に戻ってみれば、ベットから落ちて苦しむあなたが居た、というわけです」

「そうだったんですか」


 もしヨルが気付いてくれなかったら、気づいたとしても思い過ごしで済まさず神父様に伝えてくれていなかったら、俺が見つかったのは夕方以降だっただろう。

 俺は今キュアによる体力の消耗も、めちゃくちゃに体がだるいくらいで済んでいる。

 でももし夕方まで意識を失ったままだったらどれだけ体力を消耗してたか、どれだけ症状が悪化していたか。そう考えるとぞっとする。


 ヨルは今日、神父様と一緒に俺のことを救ってくれたもう一人の恩人だった。神父様の言う通り、しっかり感謝しないと。

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