度重なった幸運
その後、洞窟内で他に標石がないか見て回る最中、俺たちはあの化け蜘蛛の親玉と同じくらい大きな蜘蛛の姿を見つけ、二匹目!?ととっさに身構えたが、それはぴくりとも動かない。
テトが俺の剣で斬りつけるも、ガキンと金属同士をぶつけたような音が鳴り響き、テトの腕が弾かれた。
「なんだこの硬さは」
テトが手首を振りながら化け蜘蛛を見つめた。
「ちょっと、変わってくれないか?」
ホラー映画とかだと急に動き出したりするのだが、俺が剣で突いてもびくともしない。思いっきりぶっ叩いても、テトの時と同じように弾かれて刃が通らない。じんじんと手がしびれた。感触などほとんど覚えてはないが、明らかに異なっていた。
本当に死んでいるようだった。
「お、驚かせやがって……ん?」
いや待てよ。それはおかしいだろう。だって魔物は死ぬと塵と化す。それがこの世界の常識だろう。だから、死体なんて残らないはずだ。じゃあ、やっぱり生きているのか……?
「ああ、そうか」
俺は、ピクリともしない化け蜘蛛の正体に思い至る。
「これは……抜け殻だ」
そうだ。蜘蛛は脱皮する。俺は、蜘蛛ではないが脱皮してすぐのカニのハサミを触ったことがある。本来硬いはずのそれは、ペコペコと、まるで紙パックのように柔らかくなっていた。
そして、それを証明するように、蜘蛛の体は裂けたような跡があり、その中は空になっていた。さすがにこれが動き出すってことはないだろう。
「ぼくらが戦ったのは……もしかして脱皮直後だったのか?」
テトの漏らしたつぶやきに背筋がすーっと寒くなった。もしそうだとしたら。もし俺たちが戦ったのが、堅い鎧を脱ぎ捨てた直後だったのだとしたら……。
運が良い、なんて言葉で言い表せないほどの幸運だった。もし脱皮前だったら、外骨格が完全に復活したあとだったとしたら。俺のへっぴり腰で構えた剣などまるで刃が立たず、間違いなく俺は殺されていたことだろう。前足を振るわれたテトも無事では済まなかったかもしれない。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「君は……本当に運がいいね」
テトが再度俺にかけたその言葉には先程と違い、驚愕、そして幾分かの恐れすら含まれているような気がした。