探し求めたもの、不吉なもの
「こいつらが生まれる前にとっとと標石を見つけないとな」
俺は繭を見上げて呟いた。幸いにも、だだっ広い空洞にはいくつかの手押し車が転がっていた。
「さすがの魔物でも鉱石は食わなかったか」
魔核も鉱石っぽいからあのデカイ蜘蛛にボリボリと食われてやしないかと不安だったが、手押し車のなかにはきっちりと採掘された鉱石が入っていた。これも、五十年前に誰かが命がけで掘り出してくれたものなのだろう。洞窟の入り口付近にあった手押し車と違い、人骨の跡はない。それこそ跡形もなく魔物に食べられてしまったのかもしれない。
数秒目をつむって手を合わせてから、手押し車の中を物色する。
ただの石に見えるものもあるし、明らかに鉱石っぽくキラキラしているものもある。しかしそれらはお目当てのものではない。標石は水晶のような、瘴気で色を変える半透明な鉱石だと神父様は言っていた。特徴に合わないものを容赦なく退けていくと、明らかに他と違うものが現れた。ピンク色の半透明な結晶。特徴は、合っている。
「魔核……じゃないよな」
魔核にしては形がおかしい。まるで群生するきのこのように、岩からにょきにょきといくつもピンク色の結晶が生えていた。これが標石なのか?俺は、付けていた手袋を外し、ゆっくりと結晶に手を伸ばす。
「おい!素手で触るのはっ!」
テトが俺の暴挙を止めようと手を掴もうとしてくるが、それよりも早く、俺の指先が結晶に触れた。その瞬間、まるで池に投げ入れた石が波紋を広げるように、結晶の色は濃い赤色へと変化したのだった。
「間違いない。これが、これが標石だ!」
俺は「よし!よしッ!」と叫びながらガッツポーズを取る。空洞内は、俺の大声を非常に良く反響させた。
「ほ、他にもないかくまなく探そう。たくさん持ち帰ったほうがいいよな?」「ああ。あるだけ持って帰ってしまおう。大して重くもないし、ギースは力持ちだ。それに、ここはあまりまた来たいと思えるような場所じゃあないし」
そう答えるテトも、どこか高揚したように口調がふわふわとしていた。
「それにしても君は本当に運が良かったよ。魔物によっては並の武器じゃそれこそ刃が立たないんだ。あの蜘蛛が、君みたいなど素人が構えた剣で貫けるぐらいヤワでよかったね」
普通じゃ刃が通らない。そんな敵と、一体どうやって戦うのだろう。使い手の努力でどうなにかなるような問題なんだろうか。それは鉄を切れって言われてるようなものじゃないか。
「ん?これは……」
それは、あの魔物の親玉が残した魔核だった。テトの安否を確認することに夢中で注目していなかったが、その魔核はすこし変だった。
「なんだこれ、色がくすんでる?」
黒ずんだ、深い紫色。俺が今まで見た魔核の色は、どれも鮮やかな明るい色だったのに対し、この魔核は濁っているような、くすんだ紫色だった。
肌が触れないように気をつけながら少し磨くも、汚れているわけではないらしい試しに標石をくっつけてみると、半透明の鉱石は魔核と同じ、くすんだ紫色へと変化した。紫色で魔物になる。俺はてっきり、あの鮮やかな紫が魔核の色の終着点だと思っていた。埋められた魔核を掘り起こしても、どれも紫色以上に変化したものはなかった。でも魔物に変異したあと、魔核の色には更に先があるのかもしれない。だからと言ってどうこうあるってわけじゃないけど、なぜだかそのくすんだ色を見ていると心がざわついて不安になった。