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嫌なことほど

「いやあ松明でよかったね」

「確かに、魔法の光じゃこうはいかないよな」


 テトが張り巡らされた蜘蛛の糸を火で取り除きながら、先程とは真逆の発言をした。手のひら返しとはこのことである。テトが松明の火で張り巡らされた蜘蛛の巣を払う。それはここに来るまで何度も見た光景だ。洞窟内はうんざりするほど蜘蛛の糸が張り巡らされていた。巣の主は一匹も見当たらないのが唯一の救いか。俺はぶるりと身震いする。今では眺めていると不安になっていた火のゆらぎが頼もしいことこの上なかった。


 俺は寿司に限ることなく、美味いものが好きだ。美味いと聞けば、どんなゲテモノにもチャレンジしてきた。カエル、ザリガニ、グロテスクな深海魚たち、etc、etc。けれど、俺が唯一手を出せなかったジャンルがあった。


 それが蜘蛛である。


 虫が食べられないというわけではない。足がじゃりつくイナゴもうねうねと動く幼虫も食べてきた。ただ、蜘蛛だけが生理的に受け付けないのである。


 足は甲殻類であるカニやエビのような味。胴は豆とカニ味噌の間の子のような味。そう聴くと興味は沸いたが、どうしてもそのフォルムが生理的に受け付けないのである。


 実を言うと蜘蛛の糸だけでも大分精神的にキていたのだが、なんとか冷静さを保てていた。家畜の解体など、この世界に来てからメンタルが少しは鍛えられているのかもしれない。そう思った矢先、ぞわりと全身の毛が泡立った。ぼくの視界にあるものが現れたからだ。


 洞窟の奥、張り巡らされた蜘蛛の糸を伝って現れたのは、人間の子供くらいは裕にありそうな黒い蜘蛛だった。ギョロっとした複数の眼。一目でそれが魔物だとわかる巨大な化け蜘蛛だった。これに比べたら、ギースがはるかに可愛らしい生き物に思えてきた。


「蜘蛛の糸がこんなに張り巡らされていて蜘蛛本体がいない、なんてことがあるわけないか」


 そう言ってテトが抜刀する。俺はその後ろで石のように硬直していた。あんなのが飛びかかってきたら、一瞬で気絶する自信があった。もしかしたら、蜘蛛の糸を焼いたことで、こいつに居場所が知れてしまったのだろうか。


 俺は怯えながらも、クロスボウの照準を化け蜘蛛に向けた。化け蜘蛛はそれを嫌がるように、左右に飛び跳ねる。思った以上に動きが素早い。こんなに動かれたら狙いが定まりゃしないじゃないか。もしかしてこの化け蜘蛛、遠距離武器で狙われてるのを理解してこんな狙いづらい動きをしてるのか…?だとしたら蜘蛛とは思えないほどの恐ろしい知性と直感だった。



 化け蜘蛛が尻を向けてきたと思ったら、なにかが凄まじい速度で発射される。テトはそれを松明を振るって叩き落とすようにして防ごうとした……が、粘着質な糸がべっとりと松明と手に、接着剤のように付着した。


 ふざけんな。なんで糸を飛ばせるんだよおかしいだろと俺は心の中で毒づく。


「大丈夫か!?」

「問題ない!ぼくの手が溶け落ちてないところを見ると、糸は直接人体に影響するような代物じゃないらしい。ただ、足を捕られたらやばい。注意してくれ」

「注意してくれって言われても……」


 あんなのどう防げっていうんだ。弾丸よりは遅いかもしれないが、とてもじゃないが俺はあんな速さで飛んでくる糸玉を躱す自信などない。なら、やられる前にさっさと殺すしかない。俺は動き回る蜘蛛に必死で矢を放つ。しかし蜘蛛の姿を捉えきれず、矢はどれも地面へと刺さる。ガスマスクのせいか恐怖のせいか、俺は息も絶え絶えで、頭はクラクラした。


 最初はなぜよりにもよって蜘蛛なのかと嘆いたが、今じゃあ敵が蜘蛛だったことに感謝を禁じえない。なにせ、こうして矢を放つことになんの躊躇もせずに済むのだから。人型の相手よりもずっとマシだった。


 糸がことごとくテトの片腕で防御され、有効でないと判断したのか、それとも体内にある糸のストックが尽きたのか、化け蜘蛛がテトへと飛び跳ねて襲いかかるも、テトはその体を真っ二つに切り裂いた。空中で2つに別れた化け蜘蛛の体が、黒い塵となって、その場で還っていく。


「そっちから来てくれて助かったよ。長期戦で粘られたらきつかったね」


 その息遣いからは結構な疲労を感じた。それもそうだ。ガスマスクをつけたまま運動させられてるんだから、きついに決まってる。


「にしても、なんで急に飛びかかってきたんだか」

「糸の貯蓄が切れたんじゃないか?」

「ああ。魔物といえど無限に出せるってわけじゃあないか。魔法で出してるって感じでもなかったしね。そもそも糸に殺傷性がない以上、接近してくるしかないのかな?でも元が蜘蛛だからね。牙にも毒があった可能性は高い。次遭ったら注意してくれよ」


 だから注意注意って言われても、俺がいざ襲われても防げる気がしないんだって。


「それにしても腰を抜かすか、もしかしたら誤射ぐらいされるんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、存外しっかり撃てたじゃないか」

「まあ、当たらなかったけどな。というか、そんな心配をするくらいならクロスボウなんか持たせるなよな」


 ぶっちゃけテトの言う通り、誤射するんじゃないかって内心じゃあ心臓バクバク冷や汗ダラダラだったんだからな。


「かといって、パニックになって剣で突進!なんてことをされても僕からすると迷惑甚だしいからね。別に撃たなくたっていいのさ。ただ突っ立ってるだけでもね。ただ遠距離武器を持ってればホイホイと前に出ようとせず、ぼくの後ろにつくだろう?それだけでもクロスボウを持たせた意味はあるよ。誤射されてもぼくなら対処できるし」

「なんか、そう言われると御守りされてるみたいで嫌だな」

「みたいじゃなくて、実際御守りしてるんだけどね」

「もっと嫌だなそれは」


 しかし戦闘面でまったく役に立たないというのは事実だ。食って掛かることもできない。悔しいが後方でおとなしくしているとしよう。次魔物が出た時にしっかり矢を当てられたら、すこしは認めてもらえるのだろうか。


 そんなことを考えて、次なんて無い方が良いに決まってるじゃないかバカじゃないのか?と愚かなことを考えてしまった自分をなじった。


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