嘘つきの門出
俺がいなくなった分の仕事の穴を埋める人員の確保はできた。神父様やヨルには話を通してある。ギースも手足のようにとは言わないが、それなりに乗れるようにはなった。ガスマスクの方も問題はない。洞窟へ行く準備は、すべて整っていた。
朝、エルミーとスープの仕込みをして、みんながそれぞれの仕事に向かったあと、ぼくとテトは出発を始めた。
鍛冶屋を尋ね、ガスマスクを受け取る。そこには俺たちの分だけじゃなく、ギース用のガスマスクも含まれていた。
……ああ、何度見てもすごいなあ。ガスマスクの出来に、俺は思わず息をもらす。
マスク部分は革で形成されており、目の部分にはゴーグルと同じものだろうレンズがはめ込まれていた。円形の、少し平べったい吸収缶がマスク部分に直接取り付けてある。この中に、限りなく透明に近い魔核の粉末が詰め込まれているのだ。
俺の知るものと些細な差はあれど、それは紛うことなくガスマスクだった。
ガスマスクを装着すると、ピタリと顔にフィットする。散々ホメロスさんに調整されたので当然のことではあるが、やはり実際に確かめると安心する。
今回この夫婦には大いにお世話になった。彼らの協力なしにガスマスクを完成させることなど絶対に不可能だっただろう。
「今までのどんな武器より全力で作ったからな。安心して命を預けりゃいい」
「おいおい、この剣は手を抜いてたってわけだ」
テトは腰にぶら下げた剣をポンポンと手で叩く。
「それも全力だ。このガスマスクは限界を超えて作ったって言ってんだよボケナス」
「じゃ、帰ってきたらぼくの剣もその限界を超えた状態で作ってもらうとしようかな」
なんて、ホメロスさんとテトは仲よさげに絡んでいた。
「ついに出発なのね。わたしには、無事を祈ることくらいしかできないけど……無理だと思ったら、すぐに帰ってきてもいいんですからね?」
マリーさんが、俺とテトの肩に手を添えて、そう告げた。
「本当はふたりを抱きしめたいんだけど、それじゃあ今生の別れみたいになっちゃうから、これで我慢しましょ」
そう言って、マリーさんは俺たちの頭をわちゃわちゃと撫で回した。
「おい、おまえら。一つ言っとくがな、俺はこいつを自殺させるために作ったんじゃねえ。だから必ず生きて帰ってこい。じゃなきゃぶっ殺すからな」
死んだら殺すとはおかしな話である。これは彼なりの激励なのだろう。なので俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。ホメロスさんはぷいっとそっぽを向いて、「ケッ」と実に機嫌の悪そうな声を出すが、耳は赤くなっていた。このツンデレ親父め。
「じゃあ、行ってきます」
ホメロスさんは顔を背けたままで、マリーさんがその隣からいってらっしゃーいと手を振っている。「ほら、あなたもちゃんと言いなさい!」とかなんとか、夫婦間でまるで親子のような会話が繰り広げられてるのが聞こえてきた。途中から距離が空いて声は聞こえなくなったが、最終的に道に出てきたホメロスさんが不服そうにこちらに手を振っていたのだから、会話の行方はお察しである。
こうして俺たちは標石が採れるという洞窟へと旅立った。