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まーるい尻尾にふわふわ羽毛

「ぼくらハンターがよく乗る獣でね。早いし小回りも効くしで魔物を狩るのに重宝するんだよ」

「グギアァァァ!」


 胸を期待たっぷりに膨らませた俺を出迎えたのはギロリとした縦長の細い瞳孔、ギザギザと鋭い歯が並んだ口、聴くと一瞬で鳥肌がたつ怪獣のごとき鳴き声だった。


 丸々とした胴体には羽毛が生えており、長い足の先には鋭いかぎ爪がついていた。ダチョウの親戚さんにも見えるが、胸の前にちょこんと提げられた前足を見ると、恐竜のようにも見えた。前足の爪も鋭そうだ。それこそなぞるだけで肉が切れてしまうそうなくらいに。


 ギースという生き物は、率直に言うとキモいし怖かった。胸に込められた期待が、一気に萎んでしまった。


「これがハンターが狩りに使う相棒、ギースだよ」「ギァッ、ギャァッ!」


 テトが怪獣の、ギースの首元をポンポンと優しく手のひらて叩いた。返事をするようにギースが鳴き、俺はびくりと飛び跳ねる勢いで後ずさる。


「はは。飼育してるギースは基本的に草食だから問題ないよ」

「おい基本的にってなんだ」


 その情報はむき出しにされてるギザギザとした歯に関係することなのか?食うんだな?肉も食うんだな?本当に大丈夫なんだろうな。こいつら大きな鳥っていうよりどっちかっていうと小さな恐竜じゃないか。


「なにをそんなに怯えてるんだか。見なよこの丸っこい尻尾にふわふわした羽毛。可愛らしいだろ?これのどこが怖いっていうのさ」

「目と口と牙と爪と鳴き声だよ」


 逆に羽毛と尻尾以外に可愛らしい部分が皆無だろうが。


「かっこいいじゃないか。可愛らしさとかっこよさが同居してるなんて最高だと思わないかい?爪なんて魔物の頑丈な体を引き裂けるほど鋭いんだよ?」

「鋭いから問題なんだよ!」


 テトは首をかしげていた。恐る恐る一歩近づくと、「グギァァ」とタイミング良くギースが鳴いて俺は尻もちをつくハメになった。


 ギースの横にいるテトが無事なところを見ると、見境なく人を襲うような獰猛な生き物ではないらしいが……それでも怖いものは怖いだろう。


「野生の動物は瘴気が溜まりやすい。そりゃあ瘴気を抜く、なんて工程を挟まず、植物や生肉を食べるんだから当然だけどね。それに適応してか、基本的に野生の生物っていうのは瘴気への耐性が高いわけだけど……特にこのギースという種はとりわけその耐性が高いのさ」

「ふーん?」


 どうだすごいだろうと自分のことのように胸を張るテト。普段は飄々しているくせして今日は妙にテンションが高い。このギースという生き物にえらくお熱のようだ。


 それにしても瘴気に強いねえ。なにかの動物が瘴気に適応しようと進化してきた姿がギースのこの姿ということだろうか?この世界で暮らしていたら、人間も何千年後くらいになったら鱗とか尻尾とか生え出すのかもしれない。


「その分魔物化しやすい魔物でもあるから、飼育には注意が必要だけどね。騎乗用で肉にするわけじゃないから、時期を見て処分はするように気をつけなきゃいけないんだ」


 かわいいかっこいいと言うくせしてその辺はドライなようだった。そう考えるとこの生き物が急に可愛そうに思えてくる。間違っても可愛くは見えないが。


「こいつら、どれくらいで処分されちまうんだ?」

「目安は二十年だね」

「に、にじゅっ、二十年!?」


 下手したらこの世界の人より長生きじゃねーか!いやそれも当たり前の話なのか?普段生の肉や植物を食べても問題ないほど瘴気に耐性のある生き物が、人の飼育下で瘴気の抜いた餌を与えられればそれくらいは余裕で生きそうな気もする。目安というからには、個体差もある中、安全だと思われるのが二十年で、その気になればもっと生きるのだろう。人が瘴気を抜くという小細工を駆使しているだけで、条件が同じならば人より長生きする動物は意外と多いのかもしれない。つくづくここは人間に対して厳しい世界である。


「二十年も連れ添った相棒を殺すって……相当辛くないか?」

「魔物にするよりはマシだと思えばそうでもないかな。十分長生きだしね。それに相棒を殺さなきゃいけなくなる心配より、自分が相棒より先に死んじゃう心配の方が大きいしね」

「ああ、なるほど」


 確かに十分にありえる話だった。


「とりあえず、こいつに乗れば洞窟への行き帰りの時間は大幅に短縮できる。だから、今日から暇を見てこいつを騎乗して走らせる練習をしてもらうよ。街中じゃあギースを使うことは禁止されてるから外に限られるけど……構わないだろう?」

「ああ、それで街中で見掛けないのか、この生き物」


 見掛けたら二度と忘れないようなフォルムをしてるのに記憶にないからおかしいなと思っていたのだ。そういう理由だったのか。


「なんで禁止されてるんだ?怖いには怖いが、荷が運べて移動にも便利そうなのに」

「ああ、なんでも人を襲うと危険だからって理由らしい。こいつらが使えたら移動も楽なのにおかしな話さ。ま、野生のやつらは確かに普通に人も食うから、ギースにそういう印象を持つのもわかるけどさ」


「君たちはそんなことしないのにね」とテトはギースの喉を掻く。


 やっぱり危険生物じゃないか、こいつら。俺はこれから街のがらの悪い連中さえ怖がるその危険生物を乗りこなさなければならないらしい。そう考えると途端に足がすくんできた。


「まあ、洞窟へは俺一人で行くんだ。テトに頼るわけにもいかないしな」

「なに言ってるのさ。ぼくも行くよ」

「は?いや俺が一人でいけるように、ギースの乗り方を教えてくれてるんじゃないのかよ」

「なんらかの理由でぼくがギースを操縦できなくなったと時、君もできませんじゃ困るからね。ま、保険ってやつさ。最悪の場合、君だけ残ってぼくが死んでるってパターンもあるから。そういう場合に備えて乗れるようになっておいて損はないだろう?」

「いいのかよ。おまえが言ったことだろ?不確定要素が多すぎるって」


 実際、テトは自分が死んだ時のことも考えている。洞窟へ行くことが、十二分に危険だと感じているからだろう。


「だとしても、君じゃ魔物に対処できないだろう」


 人が踏み入ることのできないほど瘴気に満ちた地帯。ならばいるのだろう。人に狩られることもなく、大地を我が物顔で跋扈する魔物が。


「ガスマスクを外すことはできないから、食事をすることも許されない。野放しになった魔物がはびこっているかもしれない。君がこれから行くのは、そういう場所だよ」

「……わかってるよ」


 わざわざそんな脅すようなことを言わなくても。いや、違うか。これは脅しではない。単なる事実に基づいた最終警告だ。


「ま、ぼくがいれば飲水の方はどうにかなるけどね。君の口の中に水を発生させることくらいはぼくにもできる」

「それ大丈夫なのか?手元が狂って、肉がえぐれるなんてことは……」

「そんなことが可能なら、ぼくは今頃魔物相手に無双してるさ。射程はアホほど短いし、生成場所になにかあったら魔法は発動しない。そんな心配は無用だよ」

「そうか」

「で、どうする?まだ一人で行く気かな?」

「……いや、一緒に来てくれ」


 一人で行く、というのがどんなにうぬぼれた行為かは思い知らされた。そして、他についてきてくれて魔物と戦えて水魔法を使える宛など、命をドブに捨ててくれる知り合いなどテト以外にはいなかった。


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