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土を食す

 ニワトリの同時死事件の次の日、俺はできるだけ事前に虫などを取り除いた土を鍋に入れて火にかけていた。火種はヨルの魔法でつけてもらった。薪を余分に消費してしまうのは申し訳ないとは思ったが、湧いて出た好奇心を抑えることはできなかった。


「なあ、彼はなにしようとしてるのさ」

「さあ?」


 気づけば、外の狩りから帰ってきたテトが後ろでヨルと話していた。ヨルも、火種をつけたあとずっと俺のやっていることを見ていたらしい。


「なにをやるかも知らずに手伝ってるのかい?」

「悪いことじゃなければ、なんでもいい」

「それはどうだかね……」

「悪いことだったら、斬ればいいだけ。違うのか?」

「……斬る前に止めてほしいかな、斬られる側の意見としては」


 ヨルの物騒な結論に、俺はたまらず口を挟んだ。悪いことをしようとしてたらまず止めるとか、ワンクッション挟んでくれないかなあ。悪即斬の心意気は素晴らしいけども。


「努力はしてみる」


 どうにも信用ならない答えだが、もし殺されそうになったらテトが防いでくれるだろう。……多分。


「で、実際これはなにをしてるんだい?」

「土を焼いてるんだよ」

「そのくらいは、わたしでも見ればわかった。テトは、眼が悪いのか?」


 ヨルがこてんと首を傾ける。これは効くなあ。こういう無意識な煽りが一番効くんだよ。


「目はすこぶる良いさ。ぼくはなぜ土を焼いてるかを聴いてるんだよ。わかってもらえたかな?」

「なら、最初からはっきりそう言えばいい」


 テトの弁解に、ヨルはそう言い返した。それはそうである。最初からそう聴けばヨルに天然煽りをされることもなかっただろうに。


「……もうなんでもいいから、早くなにをしてるか教えてもらないかな」


 テトは組んだ腕を指でトントンと苛立たしげに叩きだした。顔の方には依然としてヘラヘラした笑みを貼り付けているのはさすがである。貼り付けるなら、神父様みたいに自然な笑みを貼り付けてほしいものだ。胡散臭いんだよなあ、こいつの笑みって。


「一応、土の中の生物をぶっ殺して灰にしてるって言い方が正しいのか?」

「なんで実行してる君が疑問形なのさ」

「口で説明しづらいんだよ」


 微生物、なんて言ってもこの世界の人間に伝わるかは不明だ。正直俺が今やっている行為はまったく意味のないことかもしれないが、不確定要素はできるだけ排除しておきたかった。


「よし、こんなもんかな」


 俺は焼いた土を指で少量つまみ、ぺろりと舐める。


「どうやら知らないようだから教えてあげるけど、土は食べ物じゃないよ」


 横でテトがなにか言ってくるが無視する。うん、やはり食べ物じゃなくても、瘴気に汚染されたものにはこの特有のエグミ、つまり毒がある。これならいける。検証が可能だ。俺は口に含んでいた土を吐き出した。


「テト、口ゆすぎたいから水出してくれ」


 水がテトの指先から俺の喉奥めがけて発射された。ホースの先端を潰したような水の勢いだった。ちょっとは勢いを考えてほしい。多分わざとだ。いや絶対にわざとだ。


「一応おまえも食べといてくれないか?瘴気特有のエグみを確認したら吐き捨てていいから」

「そのバカみたいに真剣な面から見て、からかわれてるってわけじゃあ無さそうだ。仕方ない。ここは君の言う通りにしてあげよう」

「わたしも食べる」


 怪訝そうにしながらもテトは土を口に含んだ。なぜかヨルまで。そしてしばらくしてテトが土を吐き出す。


「うん、やっぱり土は土だね。焼いたせいかちょっと香ばしかったかな」


 別に食レポをしてほしいわけではないんだが……。そう思っていると、横からごくりとなんかを飲み込む音が聞こえてきた。


「え……?」


 そこにはさっきまでと同じ無表情で立っているヨルがいる。


「もしかして、土食べちゃったのか?」

「まずかったけど、食べたものは、ちゃんと食べなきゃダメだろう?」


 自分のやったことがおかしいとは思っていないのか、ヨルはキョトンとしていた。いや、そりゃあ食材を無駄にしちゃいけないっていう精神は立派だと思うけどさ。


「土は食べ物じゃないからなあ」


 食わせた俺が言うのもなんではあるけど、ちょっと引いた。


「まずかった」

「うん。まあ土だから」


 なんか、申し訳ない。


「で、これはなにをしたかったのさ」


 ヨルの口に、俺のときより勢いの弱い水を噴射しながら、テトがそう聴いてきた。土を食わされたのが気に食わなかったのか、まるで問い詰めるような刺々しい聴き方だ。


「それは、とりあえず明日にならないとわかんないんだよ」

「なんだそれ」


 非難されながら、俺は焼いた土の中にひな鳥からえぐり取った透明の魔核を埋めた。


 がらがらごっくんとヨルがうがいした水を飲み込む音が聞こえた。


 ◯


 翌日、土から魔核を取り除く。……というか、テトは俺が呼んだからいるにして、なぜヨルまでいるのだろう。


「気になったから」


 とのことだ。やっぱり何考えてるかよくわからないんだよなあ。向こうは俺の考えてることがわかってるみたいだけど。なぜか心の声に返事をされるくらいには。


 気を取り直し、俺はぺろりと土を少量口に含む。結果は……予想通りだった。


「よしッ!」


 思わずガッツポーズを取ってしまう。


「君、昨日から大丈夫かい?」

「いいから早くお前も食え!」


 俺の精神状態を怪しむテトの口の中に土をつっこむと、テトの顔から表情が消える。


「これは、驚いたな……」

 土を含んだまま、テトはそうつぶやいた。


 ヨルもいつのまにか土を口に含んでいた。何も言わないが、その宝石のような眼が大きく見開かれていた。


「これなら、まずくない」


 ヨルがごくりと土を飲み込み、そう呟く。だから、食べなくていいんだって……。


「とにかく、これで間違いない。魔核は瘴気を吸収するんだ」


 魔核は生身に触れると汚染する。しかしそれ以外には無害。土を焼いて微生物をぶっ殺して灰にしたのは魔核による汚染が微生物にも適応されるのか判断がつかなかったからだ。


 最初に疑問に思ったのは、魔核の色だ。ひな鳥のものは透明で、肉用に解体したものは赤色。これは、瘴気の蓄積量に応じて色が変わるんじゃないかと俺は思った。そして、透明な魔核はいわば空のよう状態で、そこから瘴気を吸収していくんじゃないかと予想したわけだ。


 その予想を確かめる為、今回土で検証してみたのである。食材だと間違いなく魔核で汚染されるだろうから土で試してみた。結果として魔核を埋め込んだ土からは、すっかり瘴気のエグみが消え去っていた。コケたときに味合う、土の味だ。魔核が瘴気を吸収するんじゃないかっていう予想は当たっていたのだ。思わずガッツポーズを取ってしまったのも無理からぬ話だろう。


「どうやらそのようだ。けど、生身で触れれば汚染されるのも確かなんだよ。君にも話しただろ?それはおそらく家畜の肉でも同じだよ。だからこれを使って寿司ってのを作ることは……」

「ああ、わかってる」


 一応試しはするが、おそらく無理だろう。魔核を直接投与する薬のような形での利用はできないと思う。しかし、


「生身に触れなければ問題ないんだろ?」


 俺は魔核を手で掴む。魔核は、こうして手袋一枚隔てただけで人体にまったくの無害である。ならばこの魔核を使ってガスマスクを作れるかもしれない。俺はようやく踏み出せた一歩に興奮を抑えられなかった。


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