魔核の色
その日、いつものように家畜の世話をしていると、目の前でひな鳥が死んだ。それも、四匹ほどがたて続けて息絶えたのである。なんの前ぶりもない急死に、感染症とかなにかやばい病気でも持ってたんじゃないかとだんだん怖くなった俺は神父様に事情を説明した。
「あの、急にころっと死んだんです。なにか病気を持ってたらいけないと思って」
ニワトリ全滅なんてなっても怖いし、人に感染ったりしたらもっと怖い。俺はもうビビり散らかして事情を説明したのだが、神父様はのほほんとした笑みを浮かべていた。
「わたしが普段からキュアを使ってますので、病気の心配はまずないと思います。間違いなく瘴気のせいでしょう」
「瘴気……ですか?」
「ええ。死んでしまったのは魔核の形成に耐えられなかったのでしょう。よくあることですよ」
人も動物も、本当に同じように瘴気に汚染される。その言葉は正しかったらしい。しかしそうなるとある疑問が浮かんだ。
「家畜って、魔物になったりしないんですか?」
誇れることではないが、俺は相手が小さなニワトリだろうが魔物化して襲ってきたらパニクって殺される自信がある。俺は「たまに魔物化した家畜に殺されるバカがいる」というエルミーの言葉を思い出していた。俺はそのバカに入る気はないぞ。
「体が小さい動物は大抵が魔物化する前に瘴気に耐えられずに死にますので、問題ありません」
「じゃあ、大きい家畜は魔物化するってことですか?」
孤児院では牛なんかも飼育しているのだ。むしろそっちの方がニワトリよりも魔物化した時に強そうである。角は折ってあるが、魔物化したら立派でするどいのがにょきっと新しく生えてきそうだし。
「大型の家畜も魔物化する前にさっさと肉にしてしまえば問題ありませんので、安心してください」
「なるほど。魔物化する前に殺しちゃえばいいんですね……」
単純だけどこれ以上ないほどの解決法だった。人間相手には……とてもじゃないがとれる手段ではないけれど。
「ですが、魔核は抜き取っておかなければなりませんね。あとでテトに処分してもらいましょう」
神父様は慣れた手付きでひな鳥の体をナイフで切り裂き、魔核を取り出した。それを小さめの麻袋に入れる。俺はその一連の動作を見て頭をひねった。なにかその光景に違和感があった。
「あの、代わりますよ」
「そうですか?それでは頼みますが、魔核に素肌で触れないように気をつけてくださいね」
「はい、わかってます」
俺は可愛らしいひな鳥の死体にナイフを突き立てる。そして、ようやく違和感の正体がわかった。そうか……魔核の色がおかしいのだ。
俺が初めて魔物を見た時、残された魔核の色は紫色だった。マルベルさんを殺した恋人が残した魔核もまったく同じ紫色だった。牛やニワトリを解体する時に見る魔核の色はピンクや赤だった。魔核というのは元々色がついているものだと俺はてっきりそう思ってた。しかし、今ひな鳥の体内からえぐり出した魔核の色はよく見ればうっすらピンク味を帯びてはいるものの、ほとんど透明だったのだ。違和感の正体はこの色の違いだった。
「あの、魔核って全部色がついてるってわけじゃないんですか?今まで俺が見てきた魔核って、もっとくっきりと色がついてたんですけど。紫とか、赤とか」
「ああ、魔核が形成さえたばかりだと大体がこんな風にほとんど透明なんですよ。それは人の子でも同じですね」
「子供も……ですか」
「ええ。そうですよ」
神父様は、変わらぬ笑顔を浮かべて頷いた。
最近、この世界でいつもこんな風に自然な笑顔を浮かべていられる神父様がすごいと思い、同時にすこしだけ怖いとも思う。
人の子でも同じ。そう言えるのは、実際に見たことがあるからだろう。このひな鳥と同じように、死んでしまった子供の胸をナイフでかっさばいてえぐり出すのだろうか。それはなんとも残酷な仕打ちだと思った。死んでしまった子供にも、それをやらなければならない大人にも。どちらにとっても死体に鞭打つようなものではないか。
俺は頭を左右に振って、沈んだ思考を振り払う。そして透明な魔核をじっと見つめる。もしかしたら、これは停滞した現状を打破する糸口になるかもしれない。