それはみんなが通る道
「うわぁあ!」
真夜中。悪夢にうなされて眼が覚めた。びっしょりと体中から吹き出す汗に不快感を抱きながらはぁはぁと荒い息を吐く。
最近、毎晩のように悪夢にうなされる。悪夢の内容はいつも同じだ。布屋のマルベルさん。魔物となってしまった恋人を匿っていた、ハンスの仇とも言うべき人物。そして、彼女は今現在ぼくが使っているセンスの欠片もない毒キノコ柄のバンダナを作成してくれた人でもある。
夢でそのマルベルさんが、魔物となった恋人の腕で胸を貫かれ、体から抜き取った魔核を魔物がボリボリと食べる場面が何度も繰り返し上映された。ほんとさ、死んだ後まで……迷惑をかけないでくれよ。俺はそう毒づいた。
夜、俺は相当うなされている自覚がある。孤児院は、寝室にずらっとベットが並んでいて、みんなそこで寝る。だから同じ部屋で寝ている他のみんなにはさぞ迷惑をかけている……はずだ。はず、というのはみんな熟睡してるのか、気を使ってくれているのかはわからないが誰も、なにも苦情を言ってこないのだ。あのいつもグチグチ言ってくるエルミーでさえもが、愚痴の一つも溢してこない。
「なあ。俺、夜うるさくないか?」
俺は一番歯に衣着せずに本当のことを言ってくれそうなエルミーに真実を確かめることにした。
「うるさいけど?」
期待を裏切らず、エルミーはあっさりとそう教えてくれた。
「やっぱりそうだよなあ。でもなんで誰もなにも言ってこないんだよ」
他の人はともかくとして、普段ボロクソに言ってくるエルミーがなにも言ってこないのはなんだか変じゃないか。
「みんな、今のあんたみたいに悪夢にうなされた経験あるからでしょ。わたしは今でもたまに見るしね」
そのエルミーが今もたまに見るという悪夢は、彼女を捨てたという両親と関わりがあるのだろうか。気になったが、そんなことを尋ねるのはさすがにデリカシーに欠けるだろう。俺はぐっと堪えた。
「悪夢って、抑えようと思って抑えられるもんじゃないでしょ?だからさ、いくら寝れなくても、それで今のあんたを責めるやつなんて誰もいないってこと。わかった?」
「……ああ」
「他のやつがどうかは知らないけど、わたしは自分が悪夢を見た時に責められたくないから責めないってだけだから。それもわかった!?」
エルミーはそう言ってピーンと俺を指差す。なんか急にキレだしたぞこいつ。
「はいはい。わかったわかった」
「返事を二回繰り返すやつは絶対わかってないって相場が決まってんのよ」
「わかったって」
みんなにも消えてくれない悪夢があるようだ。なぜだろう。きっとその悪夢がどんなものかを知っても辛くなるだけだというのはわかりきっているのに、なぜだか知りたいと思ってしまった。
エルミーがまだなにやらキーキーと言っている間、ぼくはそんなことを考えていた。もちろん話は聴いてないので、エルミーの怒りはヒートアップした。罵声をやりすごす中、今夜はよく寝られるかもしれないなと、俺はなんとなくそう思った。