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小さな清掃屋

「清掃屋っていうのは蔑称だよ。光魔法ってのは結構珍しくてさ。エルミーも、最初はめちゃくちゃ周囲の人間からもてはやされたわけだ。キュアが使える人材が増えるぞ!ってな感じにね」


 あの時エルが言った清掃屋という言葉が気になってテトに尋ねれば、そんな答えが返ってきた。確かに人の怪我や病気を癒やすキュアは医者や薬の存在意義を無くすようなめちゃくちゃな魔法だ。それだけあって使い手はかなり少ないらしい。つまりアタリの魔法なわけだ。


「でも蓋をあけてみれば、エルに使えたのは汚れを落とすクリーンだけ。そしたらちやほやしてた奴らが揃って手のひらをかえしてね。期待を裏切られただの、落ちこぼれだのとエルのことを罵ったんだ。そしてそいつらはエルのことをクリーンしか使えない落ちこぼれの役立たず。そういう皮肉を込めて清掃屋って呼びだした」

「なんだそいつら。俺がぶん殴ってやろうか」


 テトのことを魔物モドキ扱いする連中と同じくらいムカつくじゃないか。


「やめな。君が行ったところで百パーセント返り討ちになるだけだよ」

「テトがいるときなら反撃されないんじゃないか?」


 虎の威を借るなんとやらである。テトをバックに控えさせればタコ殴りしても許されそうだ。


「それ、後日一人になっているところを狙われてメタメタにされると思うけど?」

「じゃあダメか……。そうだ、テトが直接ボコせばいいんだよ」

「こっちから手を出すのはアウトだ。そういうのは確実にやっかい事になるんだよ。恨みをは報復を呼ぶからね。で、その報復の対象は強い者じゃなく、弱い者だよ」


 そう言ってテトは俺を見た。ああ、なるほど。ボコしたのがテトでも、腰抜け共はテトには怖くて報復できない。で、代わりに殺されるのは結局俺ってことか。本当に腰抜け共じゃないか。


「それに、ぼくは弱いものいじめは趣味じゃないんだ」


 テトからすれば、この街のおっかない男たちですら弱い者に分類されているらしい。確かに手も出せず、悪口を言うことしかできない腰抜け連中だ。雑魚といえば雑魚だろう。俺は余裕で殺される自信があるけど、それは俺が雑魚の中の雑魚ってだけの話だ。


「しっかし勝手に期待されて、勝手に失望されて。挙句の果てには超優秀な神父様と比べられ続ければ、エルミーもあんなふうにひねくれもするよな」


 あまりにも環境がクソすぎる。特に神父様に対しては、劣等感を持ちながらも嫌いになれないほどの良い人なだけ、エルミーの思いは複雑だったろう。


「少しは神父様以外で周りにまともな大人がいなかったのかよ。たとえば……」


 親とか。そう言おうとして、ここが孤児院であることを思い出してその先の言葉が迷子になった。


「と、とにかく誰か一人や二人くらいまともなのがさ」

「君が気を使って言葉を濁してくれたところ申し訳ないんだけど、この話の最もクソなところは、エルを清掃屋と一番はじめに罵ったのは、彼女の実の両親だってところなんだよね」


 テトの言葉に、俺は時間が止まったんじゃないかと錯覚するくらい、ぴたりと身を固め、呼吸すら忘れた。


「親が、自分の子供を役立たず扱いしたってのか?」

「孤児になる理由はなにも親との死に別れってだけじゃない。エルは親に捨てられてここにきた」

「……その両親、俺がぶん殴ってやる」

「だから、返り討ちになるだけって言ってるじゃないか」

「殺されるとしても、ボコボコにしてやらないと気がすまないだろ。そんなやつら」


 子供はおまえらの商品じゃない。育成ゲームのキャラじゃない。役に立たなかったらはいさようならなんて、そんな道理を通らせてたまるものか。アタリが出るまでリセットし続けるなんて、ガチャじゃねえんだぞ。


「どこにいるんだよ。そのクソ野郎共は」

「ちょっとは落ち着きなよ。彼らがどこでなにをしてるかなんてぼくにもわからないんだ。他のブロックに移住したって話もあるが……実際のところはどうだろうね。案外もう死んでたりして」

「死ねばいいんだよそんな奴ら」

「そう滅多なことを言うもんじゃないよ。どんなに最低であったとしても、エルにとっては血のつながった両親だ。エルがどう思ってるかはわからないけど、死ねば嬉しいとか、そんな単純な話でも無いんじゃないかな」


 テトの言うとおりだった。「おまえのクソ親殺してやったぜ、よろこべ!」というのは実に独りよがりで勝手な言い分だ。


 自分に期待していた親が急に手のひらを返して役立たず扱いして自分を捨てた理由。それは自分の魔法がしょぼかったから。そんなのコンプレックスどころかトラウマものじゃないか。


 ……エルミーは親に捨てられた時、どんな言葉を浴びせられたのだろうか。エルミーはその時、どんな気持ちだったのだろうか。俺の前で自らを清掃屋と自嘲したエルミーは、どんな気持ちだったのだろう。自分を捨てた両親のことをどう思っているのだろうか。居ても立っても居られなくなった俺は、エルミーのもとへと向かった。


「エル!」

「なに?ていうか気安く呼ばないでくれる?」

「エルミーが、自分のことを清掃屋って言ったのが気になってさ……」

「ああ。昔のこと、誰かに聴いたわけだ。」


 彼女は舌打ちをして盛大にため息をついた。「あーはいはい」みたいな、そんな雰囲気だ。


「親に捨てられたんだろ。悲しくないのかよ」

「別に?親にとって子供をつくるのは投資みたいなもんでしょ。わたしの価値はあいつらの投資に見合わなかった。だから捨てられた。それだけのことでしょ」


 それは傷ついた少女の強がりのようにも見えれば、心の底からの本心にも見えた。悲しくないというのは、本当なのかもしれない。


「じゃあ悔しくはないのか」


 そう俺が口にした瞬間、エルの瞳に、少女には似つかわしくない憎しみの炎が灯ったのを俺は確かに見た。


「親、おまえをバカにした奴ら、今もしてる奴ら。全員ぶっ殺してやりたいってそう思わないか?」

「殺しちゃダメでしょ」

「そうだな。でも殺さなくても仕返しはできる」


 エルミーは眉を八の字に曲げて、「なに言ってんだこいつ?」とでもいうような訝しげな視線を俺にむける。


 思えば、俺は最初から間違っていたのだろう。なにかをしてもらいたいのなら、相手にとってそれに見合ったメリットを提示しなくてはならない。だから俺も提示しよう。エルミーが協力したくなるような、心惹かれるメリットを。


「見返してやりたくないのか?おまえに勝手に期待して、勝手に失望したクソ野郎共全員」


 俺は顔の前で拳を握りしめた。


「……だったらなんだって言うのよ」

「エルミーの光魔法で瘴気を消し去る魔法を開発しよう」

「はぁ。結局それ?」


 エルミーは「期待はずれ」と言わんばかりに肩で大きくため息をついた。


「過去、聖女と呼ばれた偉人様でもできなかったことを成し遂げるんだよ。そしたらおまえは大聖女様だ。おまえのことを罵ってきたやつら、両親も。血相変えてまたおまえにすり寄ってくるぞ。ひざまずいて許してくれと懇願してくるそいつらの頭を、ぐりぐりと踏みにじってやればいい」


「その所業、とてもじゃないけど大聖女様ってかんじじゃないけど」

「重要なのは、おまえがそれをやりたいかやりたくないかだ」

「……やりたいに決まってるでしょ。本当なら、一人ずつナイフで何度も滅多刺しにして殺してやりたいくらいなんだから」


 彼女の瞳の奥でごうごうと燃え盛る憎悪の炎。彼女の中でくすぶっていた憎悪。普段は内に隠しているそれが、今見事に表面へと顔をだしていた。


 エルがゆっくりと瞬きすると、次に目を開いた時さっきまで見えていた憎悪はすっと身を潜めてしまった。


「でもね、それでもあんたに協力はしない」

「え。なんで」


 今、完全に協力してくれる流れになってたじゃないか!


「だってやっぱり信じられないから。口だけならどんな大言だって吐ける。わたしに協力してほしいっていうんなら、瘴気に立ち向かう上でなにか成果をあげてよ。あんたの言うことが本当にできるって思いたくなるような、そんな成果をさ。わたしはね、口先だけの詐欺師に騙されて人生をドブに捨てるほどバカじゃない。」


「話はこれで終わり。さあ行った行った」と、エルミーはしっしと俺を追い払う。追い出された先に、テトがいた。


「隠れて聞いてたけど、ダメだったようだね」

「いや、成功だ」

「そうは見えなかったけどな……。詐欺師扱いされてたけど?」

「なにか成果をあげて詐欺師じゃないって証明さえできれば協力してくれるってことだろ?」


 それは、大きな進歩だ。エルは、俺の提示した復讐方法に多少なりとも心惹かれたってことなのだから。


「よくそう前向きに考えられるもんだね」


 テトは呆れたように肩をすくめる。


「それが事実だったとしてだ。ぼくらだけじゃなんの成果もあげられそうにないから魔法に頼ろうとしたんじゃなかったのかい?」

「……ああ、そうだった」


 俺は頭を抱えた。自分たちじゃどうにもできないから魔法について調べたんだった。全然進歩してなかった。むしろ一周回ってスタート地点に戻ってきただけじゃねえかよ。


「そもそもの問題、仮にそういう道具を作ったとしてもさ、成果を証明することができないんだ。瘴気にどれだけ汚染されてるかなんて、眼で見てわかるもんじゃないだろ?」

「そういうのは、それなりのものを作ってから考えることじゃないのかい?」


 ぐうの音も出ない正論である。こういうのを取らぬ狸の皮算用と言うのだろう。今はまったくのゼロスタートなのだ。とにかくまずはこれを一にしなければ話にならない。けれど取っ掛かりがないんじゃなあ。


うんうんと頭を悩ませるも、答えはでなかった。




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