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ナイフのような善意

「そうだ。瘴気を無くすなんて目標、神父様に言うのはやめとくんだね。というかおいそれと他の人言うのもできるだけ避けたほうが良い」


瘴気を無くすと誓ったあの日、俺がテト以外の人にも助力を頼もうとしたところ、テトはそんなことを言ってきた。


「え、いろんな人に協力してもらおうと思ってたんだけど、ダメなのか?」


ただでさえ荒唐無稽な夢なのだから協力者は多い方がいいだろう。それともバカな夢物語を追いかけている、と気狂い扱いされるのが嫌なのだろうか。


「俺は頭がおかしいやつ扱いされても特に気にしないけど」

「そうじゃないんだよ。君の目標は宗教的にまずいかもって話だ」

「宗教?」


このなんの救いもありはしない世界に、宗教なんてのがあったのか。


「まさか君の世界には宗教もなかった、なんて言いだす気かい?」

「宗教はあったけど。この世界って宗教あったんだな」

「神父がいるんだ。宗教がないわけないじゃないか」

「ああ、それもそうか」


テトが呆れてしまうのも納得だ。神父がいる。ならば仕える神がいるのは当然じゃないか。それに、救いのない世界だからこそ、より一層すがれるなにかを人は求めるのかもしれない。


「それで、瘴気を無くして寿司を食うって目標が宗教に反するかもって、どういう宗教なんだよ」


生魚を食べちゃだめですとでも定められているのか?それとも瘴気崇拝とでもいうのか?瘴気はこの世界を浄化する聖なる力です。みたいな頭のおかしい奴らがいるのだろうか。そんなの邪教徒じゃないか。


「エステリカって神を信仰しているから、エステリカ教、エス教なんて呼ばれる宗教なんだけどね」


神様の名前に様をつけないあたり、テトの信仰心はなんとなく察した。


「まあ詳しい説明は省くし、正直宗教とかぼくも興味ないからそもそも詳しくは知らないんだけど、瘴気は神がその子である人類に与えた試練である。そういうことになっている。だから君の目的はそこら辺にひっかかる可能性がある。耐えるならまだしも、消すのはちょっとね」


もしかして俺がこの世界に来たのもその神の仕業だったりするのだろうか。世界をまたぐなんて、いくら魔法が使えるとはいえ人には無理だろう。神父様には悪いが、俺にはどうにも好きになれそうにない宗教だった。


「ぼくのような宗教に無関心な人間ならまだしも、教えに背く異教徒は排除されるかもしれない」

「大っぴらに他人に言うような目標じゃないってことはわかったよ。でも神父様が異教徒ですね、ならば殺します、なんて物騒なことは言わないと思うんだけどな」「それでも神父。神の下僕なんだ。ぼくはあまり孤児院内でいざこざが起きるのはごめんなんだよ」


たしかに俺も孤児院のみんなが険悪になってしまうのは嫌だった。


「そういうことならわかった。神父様には秘密にしとこう」


と、俺達はそういう結論を出したのだった。


なので俺は現在、神父様には瘴気を無くすという部分をうまく隠しながら知識を借りているのである。光魔法の使い手が目の前にいるのに協力を頼めないというのはなんとも歯がゆいが、仕方ない。


「その、魔法を改良したりってできないんですか?」

「改良、ですか?」

「いわゆる自分だけのオリジナル魔法っていうんですかね。そういうのってできるのかなーと思いまして」

「できないことはないですが……ものによってはとても難しいですね。そうですねぇ、たとえば……」


神父様は夜、いつも明かりとして各部屋に設置してくれている光の玉を出現させ、それにぐるぐると自分の周りを回らせる。


「光魔法の中のライトと呼ばれるこの魔法ですが、本来は手元から離すことはできません。離れた場所に設置する、というのは私のオリジナルということになりますね。わたしのこれは大したことないですが、優れたオリジナル魔法を開発すると、その魔法に名前が付けられることもあるんですよ。壁内だと有用なオリジナル魔法を開発したものは讃えられ、歴史に名を残す有名人になれましたが、ここでは縁のない話ですね」


神父様はそう笑った。聞くに、新しい魔法を開発するということはそう容易ではないようだ。


「あの、光魔法の使い手って神父様の他に誰かいるんですか?」

「エルがそうですよ。知りませんでしたか?いつも私達に魔法をかけてくれているじゃないですか」

「え?」


エルミーが光魔法の使い手?そういえばテトは水魔法、ヨルはチャッカマンみたいな火を出す火魔法を使えると教えてくれたが、エルミーだけは頑なに今まで俺に魔法を教えてくれなかったな。あいつ、光魔法が使えたのか。


「エルミーに怪我を直してもらった記憶はないんですけど……」


いや、あの生意気なガキのことだ。俺にだけ使おうとしなくてもなんの疑問もない。ふざけやがって。


「実はわたしが治療に使っている魔法、キュアも大昔に作られたオリジナル魔法の一つなんですよ。魔法を開発した人物は、今では聖母なんて呼ばれていて、教会じゃあ特に崇められてましたね。同じ印を持っていても、どういう魔法が使えるかには本人の適正に大きく左右されるんです。エルはキュアやライトの適正がまったくないようでして」


エルミーが俺だけ差別している、というのは思い過ごしだったらしい。しかし、光魔法って、治療の他になにができるんだろうか。


「光魔法には汚れを除去するクリーンというのがありまして、エルはそれを使えるんです。定期的に我々や孤児院にかけてくれているんですが、気づきませんでしたか?」


言われてみれば思い当たるふしはあった。この世界に来てから風呂にも入っていないのに体は妙にさっぱりしている。それに、特にエルミーに触られたとき、気分がサッパリすることが多かった。錯覚だと思っていたが、あれがそのクリーンって魔法だったのだろう。よかった。俺だけ差別はされているわけではないらしい。臭いのが嫌なだけという可能性もあるが。それにしても、


「そういう魔法があるなら、かける時はかけるってそう教えてくれればいいのに……」


俺、体を清潔に保とうと思って、いままで律儀に水で濡らした布で毎日体を拭いてたのに。あの努力はまったくの無意味だったってことじゃないか。俺は今までの徒労に気づきがっくしとうなだれた。


「その、あの子は光魔法があまり好きではないようでして」

「どうしてですか。そんなに便利な魔法が使えるのに。風呂いらずなんて最高じゃないですか」


一体なにが気に食わないというのだ。未だ自分の使える魔法もわからない俺は贅沢者のエルミーに半ギレだった。このままじゃ俺は肩にヘンテコな痣ができただけじゃないか。


「私と同じ光魔法の印だというのにキュアが使えない、というのがコンプレックスなようなのです。でも彼女がキュアを使えないように、わたしにクリーンは使えません。どちらが優れているというわけでは、ないと思うんですがね……」


そう呟く神父様はもの悲しげだ。エルミーを憂う神父様を見て、俺は優しさって残酷だなとそう思った。自分と同じ印を持つ神父様。だというのに方や人を癒やすキュアを使いこなし、方や汚れを落とすクリーンしか使えない。


そんな状況で、劣等感を抱くなという方が難しいだろう。ぼくがもしどちらかの魔法を貰えるというのなら、間違いなく神父様を、キュアを選ぶ。不潔で病気になったとしてもキュアが使えればそれも治せてしまうのだから。どちらが有用か、どちらが上かは明らかだろう。


しかし神父様は本気で自分とエルミーの魔法に差がないと感じているようだった。もしかしたらエルミーはこれまでも神父様に、あなたとわたしは同じだ。差なんて無い。なんてことを言われ続けてきたのかもしれない。


よりにもよって自分より明らかに優れた神父様にだ。それはきっととても辛く、惨めなことだろう。神父様は謙虚だ。唯一のキュアの使い手で豊富な知識を持つのに驕ることがなく、周りよりも自分のことを低く見ているんじゃないかって気さえする。


それは素晴らしい美徳でもあり、同時に人によっては優しい猛毒となりうるのだろう。俺はエルミーに少し同情した。



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