ハンスの夢
翌日、起きてすぐハンスの様子を確認する。ハンスはベットから起き上がり伸びをしていた。
「あ、マサトおはよう」
「ハンス、大丈夫なのか、身体……」
「うん。マサトとテトのおかげで大分楽になったみたいだよ」
「そうか……そうかッ!」
俺はハンスの肩をつかみ安堵の息を漏らす。同時に涙も出てきそうなのをなんとか表面張力で耐え切った。
孤児院のみんなにハンスの回復を伝えると、みんなしてハンスをわちゃわちゃと揉みしだいた。なんだかんだもう諦めたようなことを言っておきながら、みんな心配していたんだ。
「寿司を食わせるって約束したんだ。死ぬなんて許さないからな」
「うん。それに寿司もそうだけど、ぼくは外の世界を見て回りたいからね。死なないよ」
それは以前も聴いたハンスの夢。しかしこの世界とハンスの身体のことを考えると外に出ることなんてできないだろう。つまり、それは叶うことのない夢なのだ。
「ぼく、思ったんだ。寿司って生魚を食べるんでしょ? そんなのきっとこの世界の瘴気を全部なくすくらいのことをしないと無理なんじゃないかって。だからマサトが夢を叶えるときには、ぼくの外に出たいって夢だって叶えられると思うんだ」
「瘴気を消すか。それはなんとも大それた夢だな」
どうやら俺もハンスと同じくらい到底叶えられそうもない夢を見ていたらしい。
「そうしたらすごいよね。もう誰も瘴気に怯えて生きることも、魔物に怯えて生きる必要もなくなって、瘴気が無くなれば壁内と壁外の軋轢も無くなっちゃうでしょ?そうなったら楽しいだろうなあ」
そんな夢のような未来を想像してハンスは頬を緩ませた。
「それは確かに良い未来だな。寿司も食えるし」
その未来が実現できるとは正直思えなかったけど、俺は心の底からそう思った。
その日、俺とハンスは夜遅くまで話し続けた。俺だけじゃない。エルミーにだる絡みしてぶん殴られたり、ヨルに早口言葉を言わせようとしたり、テトにお得意の剣で芸をやらせたりした。殴られようと蹴られようと、神父様が治してくれるので怖いものなしだ。俺とハンスはバカみたいに騒いで笑って、そして泥のように眠りについた。
それが最後の平穏だったのか、ハンスが最後の力を振り絞り、無理して気丈に振る舞っていたのかはわからない。ハンスは次の日の朝、静かに息を引き取った。せめて苦しむことなく逝けたのだと、そう信じたかった。