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可能性の答え合わせ

※五話目に出てきた鍛冶師の名前に表記ブレがあったのを、ホメロスに統一しました。読者が混乱するような表記ミスをしてしまい大変申し訳ありませんでした。引き続き作品を楽しんでもらえると幸いです。

 


「あら、どうしたのマサト君そんなに汗かいて」


 マルベルさんがぜぇぜぇと息を乱して手を膝につく俺へと駆け寄った。


 俺はマスクを取り、しばらく呼吸を整えることに尽力した。


「あの、恋人さんに話があるんですけど! 会わせてもらうことってできますか?」

「なに? ダーリンに会いたいの?いいよー。今はベットに横になってるけど」


 俺の予想に反し、マルベルさんはあっさりと俺を奥へと案内した。やっぱり、俺の勘違いだったのだ。


 ――マルベルさんが魔物になってしまった恋人を匿っている、なんて馬鹿げた妄想は。



 俺はあのあと酒場の人たちの他、街中を走り回ってマルベルさんの恋人であるダゼルさんのことを聴いて回った。しかし、約一ヶ月ほど彼の姿を見た人はただの一人もいなかったのだ。マルベルさんの目撃情報はちらほらと見受けられる中、ダゼルさんの情報だけがまったくなかった。


 以前エルミーに聴いたが、人が魔物化したときの被害は大抵殺すのをためらったことでのものが大半らしい。つまりその力自体は大したものではないんじゃないだろうか。

 たとえば拘束具で固定してしまえば、動きを封じることは可能なのではないだろうか。魔物になる前に拘束できれば最善だろう。マルベルさんが鍛冶屋のホメロスさんにSMプレイの為と頼んだ拘束具は、本当はその為のものではないだろうか。

 恋人が魔物化するかもしれないと思ったマルベルさんが、恋人を殺したくないがためにそういった措置を取ってしまったのではないか。俺はそんなふざけた妄想を本気にしてここまで来てしまったのだった。


 でもどうやら勘違いのようだった。原因探しは振り出しに戻ったが、それでも俺はホッとしていた。マルベルさんがそんなことをするだなんて思いたくなかったから。俺は相当追い詰められているようだ。さっさと恋人さんに挨拶をして帰るとしよう。

 店から奥の部屋へと続く扉を開くと、そこにはもう一つ扉があった。二重扉になっているようで、部屋の中はまだ中は見えない。なるほど。瘴気対策としては有効そうだ。でも孤児院じゃあ採用は無理そうだな。


「マサトくんそこのベットに寝ているのがわたしのダーリン、ダゼルよ」


 マルベルさんが指し示す方には、霧が立ち込める中四肢をベットに拘束され、口に猿ぐつわをはめられた魔物がいた。


「マルベルさ……ん?」


 これはどういうことだと問いただそうと振り返ると同時にずぶりと、自分の脇腹にナイフが突き刺さった。刺さったナイフが、ずるりと引き抜かれる。マルベルさんの手によって。


 俺は、よたよたと後ろに後退した。そのまま背後の壁にもたれる。一拍遅れるようにして、破裂するように痛みが俺を襲った。


「あーあ、マサトくんが動くからちょっとずれちゃった。じっとしてないとダメだよー。楽に逝かせてあげるつもりだったのに、苦しませることになっちゃった」


 身体に力が入らず、俺はズルズルと床へと座り込んだ。


 俺たちのやりとりを感知したのだろうか。拘束されていた魔物は突然暴れだした。


「あー騒がしちゃってごめんねーダーリン。お腹が減ったのね?ほら、ご飯よ、あーん」

 魔物の口からギャグボールを外し、手袋越しにマルベルさんが魔物の口に詰め込んだのは魔核だった。

 ガリガリと魔核を噛み砕く音とともに、魔物の口から霧が溢れ出る。


「なにを、してるんですか……?」

「私も初めて知ったんだけどね。魔物って魔核が大好きみたい。それに十分魔核を食べれば暴れなくなるのよ? ほら、こーんなにおとなしくなるの」


 マルベルさんがよしよしと魔物の頭を撫で、口へとキスをした。


 どうやら魔核が掘り起こされたという事件はレジスタンスでも子供のイタズラでもなく、マルベルさんの仕業のようだった。そうやって、魔物の餌を確保していたのだろう。


「あなたの恋人は、魔物になって、しまったんですよ」

「それが何? 魔物になったからなんだっていうの?なにか問題がある?」

「そんなの」「いいえないわ。魔核をあげておとなしくなった時なら子供だって作れる。むしろ前より情熱的なくらいなのよ。ねえダーリン」


 もう人ではなくなってしまった恋人を見つめるマルベルさんの瞳に浮かぶ深い狂気に、俺はもう彼女と対話することは無意味なのだということを思い知らされる。


 傷口を手で押さえつけるが、その行為を無駄だと嘲るように僕の体から血液が失われていく。


「ダーリンがね、一ヶ月くらい前に自分もそろそろかもしれないって。そう言ってきてね?だからわたし、彼を拘束したの。ついに彼の身体から霧が出てきて、彼は殺してくれって泣いてたけど、そんなことできるわけないでしょ? 最初はとんでもないことしちゃったかもって思ったけど、今はあの時の自分を褒めてあげたい。だってわたしは今こんなに幸せなんだもの!」


 マルベルさんはうっとりとした表情で恋人だった魔物を見つめた。


「初めて会った時、ハンスは大丈夫かって、心配してくれたじゃないですか。あれは……嘘、だったん、ですか?」

「ううん?あれは本当。だってかわいそうだと思わない?あんなに小さな子がもうすぐ死んじゃうなんて」

「なら、なんでっ!」

「そんなこともわからないのマサトくんは! 他人のガキと愛しい自分の恋人、どっちが大事かなんて比べるまでもないでしょ!?」


 マルベルさんは歯をむき出して吠える。


「ああ大丈夫よダーリン。ごめんねぇ急に声を張り上げたりして。すぐ静かになるからね。私達の中は誰にも邪魔させたりしない。邪魔する輩は、みんな私が排除してあげるから……」


 マルベルさんからさきほどの怒気が嘘のように霧散し、にっこりともう一度魔物へとキスをした。そしてナイフを構え、俺に近づいてくる。ああ、ダメだ。俺の中にいた、今までの明るくて、優しいマルベルさんがボロボロと崩れ去っていった。


「ごめんね。マサト君とは仲良くできると思ってたんだけど、とっても残念だな。でも見られちゃったら殺さなきゃいけないの。仕方ないでしょ? だって、きっと誰も理解してくれないんだもの。私達の愛の形を。だからじゃあね」


 マルベルさんがナイフを逆手に持ち替えた。


「テトォ!」


 俺が、力を振り絞って叫んだ瞬間、扉が吹き飛び部屋に入ってきたテトがマルベルさんを蹴り飛ばした。


「君、合図が遅すぎる。どうせ頭に血が昇って忘れてたんだろう」


 テトはマルベルさんと魔物に視線を固定したままにそう不満を垂らした。俺はここに一人で来たわけじゃない。というか単独行動はテトが断固として許してくれなかった。しかし、もしマルベルさんが本当に魔物を匿っていた場合、テトがいると警戒されてしまうと思い合図をするまで外で待機してもらっていた。……のだが今の今まで頭に血が昇っていて、テトの言う通り合図のことをすっかり忘れていた。


「まさか、君が原因とはね……。信じたくはなかったな」

「なによテトまで。あなた達だって、あなた達だってわたしと同じ立場なら同じことしたでしょ!?大切な人をその他大勢より優先して、なにが悪いの!」


 叫ぶマルベルさんの顔は醜く歪んでいた。彼女はもう俺の知るマルベルさんではないのだろう。


「じゃあ、ぼくが君の恋人よりハンスを優先しても文句はないだろう?」


 テトが魔物へと詰め寄り、剣を振り下ろす。


「させない!」


 しかし目前に飛び出してきたマルベルさんを避けるため剣の軌道が曲がり、魔物の腕の拘束を破壊するだけに留まった。


「マルベル。退いてくれないともろとも切るよ」


 冷たくそう言い放つテトに、マルベルさんはニヤリと口元を歪ませる。


「わたし知ってるのよ。あなたがとっても優しい子だってこと。魔物は殺せても、わたしのことは殺せないでしょう。大丈夫よダーリン。あなたのことはしっかりわたしが守ってあげるからね」


 図星だったのだろう。テトは舌打ちをして、動く気配がない。どちらも動かないまま、じりじりと時間が過ぎる。その間も、刺された脇腹からは血が流れていく。


先に動いたのはテトでもマルベルさんでもなかった。両手を広げ、魔物を庇うマルベルさんの胸に突如どす黒い腕が生える。


「……え?」


 さきほどテトが拘束を破壊したことで腕が自由になった魔物が、マルベルさんを背中から貫いたのだ。


 ギギギと、まるでロボットのようにぎこちなくマルベルさんが後ろを振り向く。


「どう、じでぇ?ねぇ、ダーリン……」


 魔物のどす黒い手が抜かれた。マルベルさんはそのままどさりと前へと倒れ込む。魔物は血まみれの手を自らの口へと持っていき、なにかをガリガリと噛み砕く。口から煙のように瘴気が溢れ出る。割れると瘴気を吹き出すもの。マルベルさんの胸のあたりにあるもの。魔物は、マルベルさんの魔核を抜き取ったようだった。マルベルさんから与えられた分では足りなかったらしい。魔物の方は、マルベルさんのことを餌としか思っていなかったようだった。テトがすぐさま魔物の首を切断した。


「彼女は……もうダメだな。死んでる」


 テトがマルベルさんの生死を確かめ、開いたままになっていた瞼を閉じてやる。


 孤児院周辺の瘴気が濃くなっていた原因はこれで取り除かれたのだ。だというのに、俺の心はぐちゃぐちゃのままだった。


「どうして、分かんないんだよ……。もう、自分の恋人は、とっくに、死んでる……て。どうして……ぐっ」

「……わかっていても、認めたくないこともあるからね」


 俺がハンスが死ぬという事実を否定したかったように、彼女は恋人の死を否定し続けたのだろう。たとえ恋人が魔物になってしまった後も。いや魔物に胸を貫かれたときでさえ、彼女は魔物を恋人と見ていたのだ。


「もう喋らないほうが良い。傷口を押さえてじっとしてるんだ。すぐに神父様を呼んでくるから、それまで気合で持ちこたえろ」


 テトの言う通り、意識がだんだん遠のくのを感じた。身体がツーっと冷たくなっていく。このまま死ぬのだろうか。この世界で死を感じるのはこれで二度目だ。一度目は来たばかりの右も左もわからぬとき。あの時は死にたくないとそう思った。でも今は、このまま死んで楽になりたいなんて誘惑が確かにあって……それでも俺は死ぬわけにはいかないのだ。一度救われた命を捨てるだなんて、そんな傲慢な選択を取りたくないから。



 気づけば俺はベットに横になっていた。神父様の魔法が間に合ったらしい。刺さりどころもよかったとかなんとか、テトが言っていた気がする。死なずに済んだどころか、ナイフで刺された跡は嘘のように消えていた。

 傷跡ひとつない自分の脇腹にふれると、今日の記憶がフラッシュバックした。今までの明るく、陽気なマルベルさんの記憶。それが今日一日で塗りつぶされてしまった。思い出されるのはマルベルさんの狂気に歪んだ醜い顔だった。


 ハンスはまだベットで横になったままだが、少なくとも苦しそうな顔はしていなかった。今は静かな寝息を立てている。明日になったら改善するかもしれないし、しないかもしれない。明日が来なけばいいのにとバカなことを願いながら俺は眠りについた。


 その日はひどい悪夢を見た。


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