すがるような希望
「孤児院周辺の瘴気だけが濃い?」
テトはそんなことを言いだした。
俺は街中でこっちの瘴気が濃い、薄いなんて違いを感じたことがない。そんな違いがわかるものなのだろうか。
「それって確かなのか?」
「どうもぼくは他の人より瘴気に敏感なようでね。瘴気が濃い日や薄い日は肌で分かるんだ。まあ、大した精度じゃないけどね」
嘘か真か。どちらにせよ俺はその言葉を信じるしかない。いや信じたいのだ。でなくては俺がハンスの為にできることがもう何もなくなってしまう。
「それで、瘴気が濃いってどのくらい濃いんだ?」
「わからない。なんとなく濃く感じる。その程度だよ。けど一部分だけ瘴気が濃くなるのにはなにか原因があるはずだ。もっとも考えられる原因は魔物だけど……いくら探しても見当たらなかっただろう?」
俺はこくりと頷いた。確かに冷静ではなかったが、街中をくまなく探したことに変わりはない。ならば、他に理由があるのだろうか。でも、瘴気が濃くなる理由なんて……。その時、ヨルが言っていたことを思い出した。
そう。魔核が掘り起こされる事件が多発しているという件についてだ。
「ヨルは壁内の人間だって聴いた。それに俺もそう思われてるんだろ?なら、それを疎ましく思った奴らが孤児院の側で魔核を割ってばらまいたってこともあるんじゃないか……?」
「いや、レジスタンスの連中ならやりかねないけど、さすがにそんなことやられたらすぐわかるさ。だから自分せいなんじゃ、なんてバカな思考はやめることだ」
そう言ってテトは俺の肩をぽんと叩いた。
「君はまだ知らないみたいだけど、壁内出身はヨルだけじゃない。神父様もそうだ。だからもし実際にそんなことがされたとしても君のせいじゃあないよ」
強張った身体から緊張が解けた。俺のせいでハンスが倒れたわけでは……ない。
「意外と多いんだな。壁内出身」
「孤児院の比率で言うと多いだけで、実際はそんなにいないよ。追放されても街になじめなくて死ぬか、殺されるかってのが大抵だからね。なんにせよ、一部分の瘴気の濃さ。必ず原因はあるはずだ。巡回がてら色々と調べてみることにするよ」
「俺もついていく!」
「……まあ一人で勝手にうろちょろされるよりはマシか。いいだろう。」
渋々といった様子ではあるが、テトは首を縦にふった。……必ず、必ず原因を見つけ出して、ハンスを助けてみせる。俺は拳を握りしめた。
ハンスが喋れるくらいに回復した。けれど依然として呼吸はつらそうで、ベットからは起き上がれないし、玉のような汗を滴らせている。
「ああ、マサト。大丈夫だよ。きっと、すぐよくなるから」
俺に気づいたハンスは苦しそうに、けどそれでも笑った。ハンスの笑顔を見て俺は唇を噛み締める。
「いいんだよ、ハンス。辛いときは……辛いときは弱音を吐いたっていいんだ」
強がる必要なんてないんだよ。
「強がってなんか、ないよ。……ホントはね、死んでも良いって思ってたんだ。限られた時間をめいっぱい楽しんで生きられれば、死んでも良いって思ってたんだよ」
それは、ハンスのような子供から出てきていいセリフではなかった。ずっと、そんなことを考えながら生きてきたのだろうか。こんな小さな子が死の恐怖と真正面から向き合わなきゃならないこんな世界が……本当に、本当に嫌になる。
「でも今はちょっと違うんだ。だって約束しちゃったから。マサトの作った寿司を食べるって約束しちゃったら。だからまだ死ねないよ」
「……そうだ。そうだぞ。約束を破るなんて許さないからな。それにハンスには外の世界を見るって夢があるんだろ?だから、だから頑張れ」
ハンスの手をぎゅっと握りしめる。
「うん」
弱々しい力で俺の手が握り返される。そうだ、ハンスが死ぬもんか。死なせてなるものか。必ず、必ず助けてみせる。