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蝕まれる命

 ベットに横たわり、うなされているハンスを孤児院のみんなで囲んでいた。


「身体に蓄積した瘴気による、中毒のようなものですね。瘴気の耐性が低い者によく見られる症状なんです」


 神父様がハンスの症状について淡々と説明した。体内に蓄積した瘴気という毒が、致死量に達しかけている。そういうことらしい。


「なんでこんな急に……」


 俺は苦悶の表情を浮かべるハンスに視線を落としながらそう絞り出す。


「元から、相当きつかったはずです。瘴気はじわじわと身体を蝕みますから。ハンスは瘴気への耐性が低いようで、日頃から体調を崩すことも多かったんです。最近は、特にひどくなっていましてね」

「でもそんな素振りは」

「みんなの前では我慢してたんでしょう。そういう子ですから」


 じゃあ、俺と話してる時のあの笑顔も全部、瘴気に蝕まれる苦しみに耐えながら浮かべてたっていうのか? なんだよ、それ。つまり今は、取り繕うこともできないくらい症状が悪化してるってことじゃないか。なんだよ。なんなんだよ。


 体調が悪い、ということは知っていた。けれど孤児院の誰もハンス自身でさえ具体的なことはなにも教えてくれなかった。瘴気が病に良くないんだろうとそう勘違いをしていた。けれど違った。瘴気そのものが、ハンスを蝕んでいたものの正体だったのだ。


「治らないんですか?」


 喉から出た声は震えていた。


「病というより、これがこの街でのハンスの寿命なんです」

「寿命って……」


 まだ俺の胸にも頭が届かないくらいちっちゃな子供なんだぞ。そんな子供がもう生きられないっていうのか?


「最近、ここらの瘴気が濃くなっているのは肌で感じましたが、症状が悪化した理由はそれでしょうね。しかし、遅かれ早かれの状況ではありましたが」


 なんだその言い方は。だってそれはまるで、もうハンスが助からないことが決定しているような、そんな言い方じゃないか。


「なにか、できることはないんですか? なにか……」

「残念ですが……」

「壁内に連れていけば助かるんじゃ」

「それは無理です。無理やり中に入ろうとすれば、助かるどころか殺されるのが関の山です」

「じゃあせめて、壁内の食料だけでも与えることはできないんですか?」


 壁内は瘴気がこことは比べ物にならないほど薄いらしい。だから、食べ物に含まれる瘴気も少ないはずだ。


「マサト、それはもうやってる」


 ヨルがぼそりと口を開く。


「やってるって、どういうことだよ」

「はい。そのままの意味ですよ」


 神父様が悲しそうに微笑む。


「壁内と壁外は関わりが完全にないわけじゃありません。壁内の食材も、その気になれば入手することも可能なのです。ただ、それなりの対価は必要ですがね」


 ……思い当たる節はあった。店はそれなりに賑わっていて、テトの仕事も命がけなだけあり良い額もらえてるらしい。だというのに孤児院に贅沢など一切ない。散財するための娯楽が大してないといえばそれまでかもしれない。しかしそれにしても質素すぎるなとは感じていた。軋む床、ボロいベット。改善できる部分はいくらでもあったはずだ。みんな、浮いたお金はすべて壁内の食材を手に入れるために使っていたのだろう。神父様が治療費として嫌な奴からぼっていたのも多分その為なのだと思う。


 そんな状況で、ハンスは俺を助けたのだ。なにしてんだよ。見ず知らずの行き倒れなんて放っといて、自分のことだけ考えてろよ。今すぐ叩き起こしてそう怒鳴りたくなる。


 けれどもし俺がそのことを知っていたとして、伸ばされた手を拒めただろうか。できないに決まっている。テトの言う通りだ。俺も結局自分が一番かわいい、自分のことしか考えてない人間だった。


「でもなにか……なにかッ」


 それでも俺の口は諦め悪く、すがるように声を発する。


「残念ですが……もう我々にできることは……」

「いい加減にしてくれない? 世の中、どうにもならないことの方が多いのよ」


 俺を責めるエルミーの声は、いつも生き生きと悪態をついているときが嘘のようにか弱いものだった。エルミーの濁った視線は、ハンスに向けられている。


 神父様の、他のみんなの顔にも浮かんているもの。それは諦めだった。しかしそれは仕方ないことだろう。なにせ彼らはやれることをすべてやったのである。その結果がこれなら諦めるのも当然のことだ。だから、仕方がない、仕方がないのだ。


「マサト!?」


 だというのに、気づけば俺は置かれていたテトの剣を掴み孤児院の外へと駆け出していた。テトも、あっけに取られて剣の強奪に対応できなかったらしい。背後から珍しく焦ったような声が聞こえてきた。


 魔物は瘴気を発して、魔物を間引けば瘴気が濃くなるのを防げる。どこかに魔物が残っているのかもしれない。だから瘴気が濃くなっているのかもしれない。だから魔物を殺せばハンスは助かるかもしれない。

 そんな希望を必死に自分に言い聞かせながら、俺は魔物を探して街を駆け回った。足がヘトヘトになるほど探したが、魔物はどこにもいなかった。ならどうするか。外の魔物を狩りにいけばいいのだ。



「来ると……思ったよ」

「なんで……」


 外に出るための門の前。テトが壁にもたれかかり、俺を待っていた。


「なぜここに来るのがわかったかって?そりゃあ、君がなにを考えて飛び出したかなんてすぐにわかったさ。なにせぼくも昔君と同じ考えを持っていたからね」


 俺と、同じ考え……?


「魔物を狩れば瘴気は薄れる。だから魔物を狩り続ければ今瘴気に苦しんでいる人も死なずに済むかもれない。ぼくも昔そう思ったよ」


 それは確かに、今の俺とまったくと言っていいほど同じ思考だった。ということはだ。


「じゃあおまえがハンターになったのって……」

「そう。瘴気を防いで、瘴気のせいで死ぬ人間、魔物になってしまう人間をこれ以上出さないようにするためだ」

「なにが……なにがハンターになったのは自分のためだよ。バリバリ人の為だろ」

「いいや自分のためさ。ぼくはみんなが死ぬのが嫌だった。だからハンターになった。なにも間違えてないだろう?ぼくは徹頭徹尾自分の欲に従って生きてきた。君もそうだろ?」


 言われてみればそうだった。俺は……俺がハンスに死んでほしくないのだ。ハンスは俺を救ってくれた。この世界における心の支えだった。そんなハンスに俺が勝手に死んでほしくないと思っているのだ。

 俺は俺のためにハンスを助けようとしている。ハンスが死にたいと、楽になりたいと思っていたとしても俺は変わらずハンスを助けようとするだろう。それは確かに間違いなく自分のためだった。


「でも結果は見れば分かるだろ? どれだけ魔物を狩ろうとも街の瘴気は濃くなる一方で、魔物になる人も死ぬ人も減らず、そしてハンスは今死にかけている」


 テトは自嘲するように笑った。


「魔物を狩れば、瘴気は薄まるんじゃないのかよ……」


 それだけが、それだけが俺にとっての最後の希望だったのに……。


「魔物をいくら間引いても瘴気は濃くなっていく一方だ。この世界はゆっくりと、でも着実に死に向かっているんだよ」


 ハンスを救う最後の希望はあっけなく砕かれた。


 その場に倒れ込もうとする俺をテトが支えた。まるで、まだ絶望するには早いとでも言うように。


「ただ、街中をウロウロしている君を探している間、気づいたことがある」


 テトは、そう切り出したのだった。


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