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掘り起こされる魔核

 


「で、めちゃくちゃデカい垂れ幕みたいのに物語が映像として移されるわけだ。それが映画ってやつでな。それを見ながら食べるポップコーンって菓子が美味いんだこれが」


 夜、向こうの世界のことについてハンスに話している途中、ハンスはあくびをした。


「もう今日はこのくらいにして寝とけ。明日また話すからさ」


 瞼が閉じかかっているが、俺の話が眠たいほどつまらないわけではないと信じたい。


「もう、もう少しだけ。こういうのは、その日の内に聴いておかないと後悔しちゃうから」


 ハンスは眼をこすって見開くが、どんどん瞼がどんどん下がってくる。


「夜ふかしは良くないぞ、子供なんだから今日はもう寝ろって」

「……うん」


 とても悔しそうにハンスは頷いた。そんなに楽しみにされている身としては悪い気分はしない。本当にハンスは良い子である


「情けないわね。これだから子供は。こんなに早く寝るなんて、一日に使える時間が減ってもったいないって思わないわけ?」


 そう得意げにハンスをバカにする悪い子エルミーは、それから五分も経たぬうちにゆらゆらとおぼつかない足取りでベットへと向かった。どうせ背伸びしてお姉さん風を吹かせたかったのだろう。


 エルミーの俺に対する扱いはさほど変わってない。吐かれる毒が多少減ったかなというぐらいか。しかし向こうの世界の話をハンスにしている時は必ずと言っていいほど近くで不機嫌そうに聞き耳を立てているのだ。

 俺のことが嫌いでも、異世界の話には興味があるらしい。特に向こうの世界の文学作品、それも恋愛系のものに興味があるようだ。それを察して、たまに別にハンスが好きでもない乙女チックな物語を話している俺の気遣いに感謝してほしい。


 子供二人が寝て、テトは別室で剣を振って鍛錬しており、神父様は書斎で本を読んでいる。


 結果として、食卓にヨルと二人だけというなんとも気まずい状況がつくられた。ならおまえもさっさとベットに向かえと思うかも知れないが、なんだかヨルを避けているみたいに思われるのも嫌だった。


 俺は頭上に浮かんだ光の球を見上げて沈黙をごまかす。


 神父様の魔法は治癒魔法だと思っていた。しかし正確には光魔法と分類されるものらしく、こうして光の球を出してもらうことで、孤児院では夜も明かりに不自由なく生活できている。

 この世界に来た当初、まだ電気がないこの世界、思いつく明かりはロウソク、ランプ、暖炉などなど。どれも薪や油などの資源を消費することから、節約のためにこの世界では日が暮れる=寝るだと思っていたのだが、魔法様様、神父様様である。


 気まずい。俺は心の中でそう呟き再度ヨルを見る。孤児院に来て結構な日数が経ったが、彼女とほとんど喋ったことがない。

 これも良い機会だとそう思うことにして、俺は深呼吸して口を開いた。


「あのさ、ヨルって俺のこと正直どう思ってる?」


 エルミーは俺のことが嫌い、テトはちょっとだけ歓迎モード、だいたいそういうのがわかってきた中、この人だけにはどう思われているのかまったくわからなかった。それこそ、なんとも思われていないんじゃないかとすら思う。


 不自然なくらい整った顔が俺を見つめる。


「頑張ってると思う」


 ちょっと間を置いて、彼女の口から出た言葉は予想よりも好意的なものだった。思えばこのしわがれたガラガラ声を聴くのも久しぶりだった。


「えっと、それはどうも」

「わたしも大変だった」

「え?」

 それはここでの生活のことを指しているのだろうか。てっきりさっきの問答で会話が終わってしまったと思い込んでいたので、まさか向こうから喋ってくれるとは思わず驚く。


「わたしは壁内出身だから」


 壁内って、あの壁内?ヨルの突然の告白に俺の頭は盛大に混乱した。いや、テトが言っていたはずだ。壁内で瘴気の汚染が一定値を超えたものは壁外に追放されると。ヨルもその追放された一人なのかもしれない。だとすると、彼女の言う通り死ぬほど苦労したことだろう。

 得体が知れず怖いとすら思っていたヨルが、自分と同じような境遇だと知った途端一気に親近感が湧いたのだった。


「じゃあ、ヨルも頑張ったんだな」

「そう、わたしも頑張った」


 ヨルは深々と頷いた。


「あとマサト、一人で外に出るのはやめたほうがいい」

「でも一応、テトにも一人で外に出ていいってお墨付きをもらったんだけど……」

「最近魔核が掘り起こされる事件が多発してる。きな臭い」


 魔核といえば瘴気が結晶化したもの、だったか。それ、俺の身体の中にもあるんだよなあと思い出し、微妙な気分になった。


 ヨルはあまり人と話すようには見えないが、そういう情報はどうやって仕入れるのだろうか。


「酒場だと、色々聞こえてくる」

「ああ、なるほど」


 まるで心を読んだかのごとくヨルは俺の疑問に答えた。俺がわかりやすいのか、ヨルがするどいのか。

 注意喚起までしてくれるとは、ヨルに対して冷たそうな印象を持っていたけど優しい人なのかもしれない。やはり人間というのは第一印象だけじゃなく、話してみないとわからないものだ。


「ところで、そのことってテトに話した?」


 俺が尋ねると、ヨルはまるでロボットのように、首をこてんと傾ける。


「話さなきゃダメだったか?」

「たぶん……」


 そりゃあテトはこの街の平和を守るハンター様だ。街の異変は教えた方がいいだろう。なんというか、ヨルは他の人とは少しだけずれているような感じがした。




「……てわけなんだけど」


 鍛錬を終えて、汗を滴らせるテトに魔核について告げる。


「へー、それって本当なわけ?」


 ヨルがこくりと頷く。


「まあ魔核を盗む、なんてなんのメリットもないからね。そして盗まれたところでデメリットにもならない。わざわざハンターに言ってこようなんてやつはいなかったんだろう」

「じゃあ、問題ないのか」


 それこそ子供のイタズラかなにかかもしれない。


「レジスタンスのバカが壁内でまとめて割るなんてバカをしない限りは、問題ない」


 ヨルがぼそりと呟いた。


「バカはバカをするものだからね。そんなふざけた可能性を否定しきれないのが辛いところだ」


 そう言ってテトは額に手のひらを当てて首を振った。


「それって、結構やばいことなのか?」

「かなりね。魔核は触れるものを瘴気で汚染する。見掛けだけは宝石みたいだからって昔紐でつないで首から下げたバカな女が居たらしいが、一日と経たず死んだらしい。


 魔核、こわ。


 死んだ人が残したモノという点では一種の形見と言えなくもない。だから肌身離さず身につけたいという気持ちはわからないくもないが……瘴気の結晶と言われる魔核をアクセサリーにするとはすごい女も居たもんである。


「じゃあ魔核の処理とか大変なんだな」

「不思議なことに生身に触れないと汚染はされないんだ。だから袋に入れて街の外にまとめて埋めてるよ。そこら辺に埋めちゃう人も多いけど」

「あれ?じゃあ、別に壁内に持ち込まれても問題ないんじゃないか?」

「持ってくだけならね。ただ魔核ってのは割れた途端に瘴気が溢れ出るんだ。だから集めて壁内で割りでもしたら大騒ぎさ。まったくレジスタンスのことを考えると頭が痛くなるね」


 テトはそう言ってこめかみに指を添えた。


 レジスタンスはそんなテロ行為をする可能性もある連中らしい。テトがあまりにもクソクソ言うからあまり良い印象はなかったが。どんどんレジスタンスの評価が下落していく。


「やつらは害虫と同じだ。見つけたら、潰すに限る」


 あの無表情なヨルが、その眼に明確な憎悪を宿らせて恨み節を吐いていたのが印象的だった。


 最後に不安になる話をしたせいか少しモヤモヤしながらもベットに潜る。


「この光景も見慣れてきたな」


 天井を見上げながら俺はぼそりとつぶやく。


 俺がようやく自分がこの世界にいることに違和感を覚えなくなってきた頃、ハンスが倒れた。


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