お強い神父様
活動範囲に制限はあるものの、晴れて一人での外出を認められた俺はエルミーとヨルの切り盛りする飲食店に来ていた。
ここ最近になってようやく俺も食事の金銭を要求されなくなった。エルミーもようやく俺を孤児院のメンバー、身内として認めてくれたということだ。そう思うと自然と口が緩む。何度かエルに「顔キモ」と言われてもどうにもやめられない。
「あ、ちょうどいいところに来たじゃん。これ、神父様に持ってって」
扉をくぐり店に入ると、自分の食事を頼むよりも早くエルミーにそんなお願いをされた。俺は頼りにされる男なのだ。断じてパシられてるわけじゃない。俺は言われた通りスープの入った器に蓋をして、隣に建っている治療院に行く。
中には何人も治療を待っている人達が椅子に座って並んでいた。咳き込んでぐったりする者や、腹を押さえて額に脂汗をにじませる者、なにがあったのか、右手の指の何本かがひしゃげている者もいた。
治癒魔法というのはこんな怪我も治せるらしい。ここは待合室といったところだろうか。奥の部屋から、治療を終えたらしい女性が出てくる。追いかけるように、「お大事にー」という神父様の柔らかい声が部屋の奥から聞こえてきた。あそこが診療室らしい。
俺がドアを開けてさあ部屋に入ろうという時、ドンとなにかが後ろから肩にぶつかって、あやうくスープを溢しそうになった。なんだなんだと確認すると、俺にぶつかったのはガタイの良い男のようだった。たしか指がひしゃげていた人だ。
「あ、すいません」
反射的に謝ってから気づいた。後ろから、追い越すように肩をぶつけられたのだ。わざとじゃなければ盲目かなにかだろう。ぶつかってきた男はチッ舌打ちをして、ギロリと明らかに俺を見下していた。盲目ってわけじゃあなさそうだ。
「早くどけ、邪魔だ。たく。魔物モドキといい壁内のクソといい、孤児院はクズばっか引き取りやがる」
男の言いようにムッとしたものの、怒りよりも恐怖の方が勝ってしまった。俺は言われたとおりに道を譲り、その後から部屋へと入った。
部屋の中には椅子に腰掛ける神父様がいた。その前に置かれた椅子に、男がどかっと腰を下ろす。
「ほらよ」
男はそう言って、銀貨を3枚神父様へと放り投げた。神父様はそれを器用にすべて落とさずキャッチした。神父様は治療してくれようとしている人だというのに、態度の悪い男だった。
「申し訳ないのですが、足りません」
神父様はにっこりと笑い、椅子に座る男にそう言い放った。
「はあ?なに言ってんだ!店の看板には銀貨3枚って書いてあんだろうが!この間来た時だって銀貨3枚で……「たった今値上がりしました。治療費は金貨一枚です。そしてあなたの治療が終えれば値段は戻します」
「そんな、ふざけた真似が通るとでも思ってんのか」
男が立ち上がり、椅子が後ろに倒れた。男は顔を真っ赤にして、まるで興奮した獣のように荒い呼吸を繰り返す。
「通ります。だってここはわたしの店ですからね。納得いかないと言うのならお帰り頂いて結構ですよ?商売というのは両者の合意があって初めて成立するものですから。ただこの街でキュアが使えるのははわたしだけですからねえ。その指で生活するのは大変でしょうが……まあ頑張ってください」
しかし怒り狂う男に対面する神父様は怯むどころか、その自然な笑顔をまったく崩す様子すらなかった。
「それに、ふざけているのはあなたの方ではないですか?まさか孤児院の経営者であるわたしの前で、身内のことをバカにされるとは思いませんでしたよ。わたしの子供達を小馬鹿にしておいて治療をしてほしいとは少々虫が良すぎると、そう思いませんか?」
「この、ド腐れ神父が……っ!」
男は今にも血管が破裂してしまうんじゃないかというくらい頭に血を昇らせながらも、銀貨を追加で七枚懐から取り出した。そして、投げつけるようにそれを神父に渡し、終始ぶつくさと言いながらも治療を受けたのだった。
「あの、神父様。エルミーから届けろって言われたスープです」
治療を終えた合間、俺はスープを渡して目標を達した。
「これはこれは。どうもありがとうございます」
そう言って、神父様はにっこりと笑う。
男とのやり取りをただ眺めていた俺の感想は一つだけだった。神父様って強いんだなあ。