高難易度ダンジョンの奥地で勇者パーティーを追放されました
「――アリスト、キミをパーティーから追放する!」
そう発言したときのリオンの表情は今にも泣きだしそうなほどに情けないものだった。
パーティーを追放すると言ってくれたリオンに、俺は笑顔で返した。
「ああ、ありがとな!」
〇
普段爽やかな微笑を浮かべていたリオンが表情を曇らせていた。
きっとそれは俺の気のせいでも勘違いでもなんでもない。
先ほどの俺の提案を、彼はまだ飲みこめていないんだ。
「……アリスト、本気で言っているのか?」
「ああ、本気だ。それしかないだろ?」
俺は淡々と準備を整えていく。俺たちがいるのは、ダンジョンの最奥だ。
そして今俺たちは、【僧侶】であるメニーが作ってくれた結界の中で、わずかながらに与えられた時間で作戦会議をしていた。
結界の外には、たくさんの魔物がいる。……それも、どれも強敵ばかりだ。
せめて一体二体であれば問題なく倒せたのだろうが、敵はざっと数えても二桁は超えている。
勇者パーティーといわれている俺たちでも、この数を相手にするのは厳しい。
だからこそ、先ほど俺は提案した。
――俺をパーティーから追放して、皆だけでも生き残ってくれ、と。
「ふざけるな! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「ああ、わかってるよ。だから、早く俺を、パーティーから追放してくれないか?」
そうすれば、もう無関係だ。
パーティーに所属していなければ、俺とリオンたちの関係はただダンジョン内で出会っただけの冒険者に過ぎない。
俺の言葉に、リオンはぐっと唇を結び、黙ってしまった。
「そ、そんなの、ダメよ!」
リオンに代わりに声をあげたのは、【盗賊】のレアだ。
彼女は目尻に涙をためていた。
レアはいつも俺にツンツン当たってきていた奴だったが、さすがにこんな状況だったためかいつものような当たりの強さはどこかへと消えてしまっていた。
それが逆に、嫌だったので俺はレアの額を小突いた。
「な、何するのよ!」
「いつもは、『死んじゃえ!』とか平気で言っているくせに何、泣きそうな顔になってるんだ?」
レアはスラムで暮らしていたため、口は悪いわ行儀は悪いわ、体は貧相だわとないないづくしだった。
そんなレアはふんとそっぽを向いてから、しかし彼女は今にも泣きだしそうな顔で続けた。
「アリスト……。あんた本当に、ここに一人で残るつもりなの?」
「まあな。ここで全員が死ぬか、一人が死ぬか……どっちを選ぶかって言われたら後者に決まってるだろ?」
俺がリオンに提案した作戦はこうだ。
今現在、メニーが作ってくれている結界が解除されるタイミングで俺が魔物たちの注意をひきつける。
その間に、リオンたちは一気に逃げ出すというものだ。
俺が囮になって、その間に彼らは逃げられるという見事な作戦だ。
ま、俺の安否は分からんが。
「でも、ここに残ったらあんた死んじゃうでしょ……」
「良かったな、『死んじゃえ、馬鹿!』が口癖だったろ?」
「ほ、本気で思って言っているわけないでしょ! ……嫌だよ、死んだら――だってあたしはあんたのことが……」
そう口にしようとしたレアの言葉を遮るように俺は耳を閉じた。
「それ以上は言わないでくれ。残る勇気が消えそうだ」
結界の外では魔物たちがこちらを食い殺さんばかりに見てきていた。
彼らの口元に見える牙やこちらを見る目にさらされ、まったく恐怖がないわけではない。
……ああ、そうだ。囮になると提案しておいて、俺だって怖いのだ。
ここで、仲間たちとだらだら喋っていると、その勇気が消えそうだった。
だから俺は、もう一度リオンを見た。
「リオン! さっさと俺をパーティーから追放しろ!!」
【勇者】であるリオンが、ここで囮になると提案した。だが、それはもちろん却下だ。
リオンは世界中の人間が期待している勇者なんだ。
リオンは目をぎゅっと閉じたあと、すっと目を開く。そして――
「――アリスト、キミをパーティーから追放する!!」
「ああ、ありがとな!」
リオンの宣言に合わせ、俺は結界の外へと飛び出し、魔物へととびかかった。
同時、背後では結界が解除され、リオンたちは俺とは逆方向に走り出す。
魔物たちがそちらを向きかけたが、俺は彼らの注意を引き付けるスキルを発動すると同時、長剣を振りぬいて一体の腕を斬りつけた。
同時、別の人型の魔物――サイクロプスが棍棒を振り下ろしてきた。
何とかその一撃を長剣で受け止めるが、
腕にかすり、感覚が消える。
痛みが一瞬遅れて遅いかかってきたが、俺はそれらを意識しないように努め、剣を振りぬいていく。
自分の体のどこにこんな力があったのだろうかというほどに、力があふれ出てくる。
だが、それでも魔物の猛攻のすべてをしのぎ切れるはずがない。
体から、あったはずの感覚が失われていく。
足が、腕が、そこにあるのかもわからない。
それでも俺は、悲鳴なのか、怒号なのか……それさえも判断がつかないような声を張りあげ、魔物へと斬りかかっていく。
無我夢中で、ひたすらに時間を稼ぐことだけを考えて剣を振り続けた俺は――空を見上げていた。
ダンジョン内にある作られた空だった。偽物のその空から落ちる日差し。
俺はゆっくりと周囲を眺める。
……そこには、数多の魔物の死体が転がっていた。
「は、ハハ……マジかよ。生きて、いるのか……」
かすれた声が漏れる。そうだ、生きているのなら……戻らないと。そして、みんなに会ってあの時の顔を笑ってやるんだ。
――何、泣いてたんだよバーカ、って。
それでみんなが俺に怒ってくる姿を想像して、少し笑みがこぼれ、体を起こそうとして――。
「体、動かねぇな……おい」
俺はクビだけを動かし、潰されてしまった右足を見た。
左足はまだそこにあったが、まるで動いてくれる気配はない。
……生きているのだって、奇跡的な状況だったんだ。
「リオン、立派な勇者になってくれよ」
そしたら、俺ももしかしたら勇者を救った英雄とか言って、後世に名前を残すかもしれないからな。
そんな、呑気なことを考え、俺は目を閉じた。
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こんな感じの脇役っぽいキャラクターが主人公のために無茶な敵に挑むシチュが好きなんですけど分かります?