取引
急にバイトのシフトがなくなったので以前健太郎の友達が言っていた市の公立図書館に訪れると、その中で木戸の色々なことを知っている謎の白衣の女と出くわした
図星である
俺はそんな顔していたと思う。しかし俺の秘密を知られたことはこの際どうでもいい。口にはしてないがこの調子だと俺の住所とか大事な個人情報とか全部知ってそうな勢いではないか
俺はこの先の社会的地位だとかではなく目の前の異質すぎる存在に恐怖する他なかった。この女色んな意味でぶっ飛んでいる
「プライバシー侵害について勉強したことはあるか?」
「さぁね、君たちぐらいの年齢ならよく言うじゃないか。『そんなこと勉強しても役に立たない』って」
「茶化すな。アンタ誰だよ」
「随分と強い口調で喋るじゃないか。いつもみたいに丁寧な言葉遣いを心掛けたまえ。情報的アドバンテージを私が握っていること、忘れてほしくないかな」
「…要求は丁寧な口調だけでよろしいでしょうか」
「その言い草じゃ私が君を脅す犯罪者みたいじゃないか」
「なにか間違いでも?」
「まぁ気持ちは分かるがそんなに警戒してほしくはないかな。何せ私は君の味方としての立場を築こうと思っているんだから」
「味方…と言いますと?」
「単刀直入に私の目的を言おう。君にはあの男、柊響也から神凪志穂を奪って欲しいのだよ」
とんでもないことを言い出した。この女は一般的な常識とか倫理観とかがぶっ飛んでやがる
「本気で言っているんですか?」
「本気だよ。神凪のことが好きな君からすれば悪くない話だと思うけど」
「確かにその計画が成功した暁には俺が神凪と付き合えるというメリットがある。だが付き合いたてのカップルを破局させること、周囲の目、俺の意思及び思想とは反した行動の強制等々多くのデメリットもといリスクを背負うことになる。俺にその提案を受ける理由はない」
「ふむ…確かに君の言うことは正しい。ただしそれらは彼らが付き合っているということが事実であることが前提である場合だね」
「どういう意味だ」
「おかしいとは思わないのかい?サッカー部に所属していた君なら尚更さ。まず柊響也も神凪志穂も何かと注目を集める存在だ。そんな二人がなんの兆候もなく付き合い始めたこと」
確かにあの二人が互いを意識していたような素振りは全くなかった。だが同じ部活とはいえ俺は彼らを24時間付きまとっているわけではない。俺の見てないところできっかけがあるかもしてないしまずそもそも付き合い始めるのにきっかけがなくても何もおかしくなどないのである
「何もおかしくないんじゃないか」
「またまたそんなこと言っちゃって素直じゃないんだから。それにいざ付き合い始めたあの二人の関係の代わり映えのなさもおかしいし、かと言って数少ないプライベートの時間に神凪が何をしているかは君が良く知っているだろう?」
「俺について知らない事を挙げた方が早そうなんだが」
「ははは!確かにそうかもしれないねぇ。まぁ君のプライバシーとやらを大いに侵害した代わりと言っては難だが君にはこれを聞かせてあげよう」
そういって白衣のポケットから取り出したのはボイスレコーダーだった
仰々しくそのボイスレコーダーを掲げた後にボタンを押すと既に録音された音声が流れ始める
『取り敢えず僕と神凪はこれから付き合っているフリしなければいけなくなったけど大丈夫?』
『はい』
『僕のせいでごめん。少なくとも…』
ピッという音とともにボイスレコーダーから流れていた音が途絶える
「俺のプライベートを散々にした代償としてはちょっと短いんじゃないか」
「いやいや。今流れた柊と神凪の会話が君にとってとても有益な情報のはずだ。等価交換、寧ろサービスしたぐらいさ」
「恩着せがましく言うな!お詫びと言い張ってるわりにはただの交渉材料じゃないか」
「手厳しいね。でも君の言うデメリットはかなり軽減されたはずだよ」
あの会話の内容が事実であれば確かに神凪と男女の関係を持つことに希望が見いだせる訳だが、
如何せんあの俺および俺の周囲の人間まで俺よりも知り尽くしている白衣の女の不気味さがどうしても無視できないのである。だがそんな逸脱した存在であるからこその信憑性というものもあったりして…
「やるよ。例えさっきの音声がエイプリルフール並みに入念に準備されたウソだったとしても、あんたにいいように動かされているとしても、望ましい結果が得られなくても、失うのは『今のところ』学校での社会的地位だけだ。やらない後悔よりやる後悔だ」
「それは結構。君には期待させてもらおう、木戸孝太郎君」
「そういやあんたの名前は?」
「★秘密★」
「面倒くさい女だな」
「まぁまぁ落ち着け。なんなら君が今つけてくれて構わない」
「なんじゃそりゃ。じゃあちよこ」
「却下で」
「却下してくるのかよ!」
「あだ名みたいなものなんだ、そんなリアリティを追求したのじゃなくていい」
「なら最初にそう言えって。白衣の女で、白…なんか外国語…スペイン語…」
俺は携帯を取り出し検索をかけて結果が出ると同時に
「じゃあ私のことはこれから『ブランコ』ってことで」
「知ってるのかよ」
こうして俺はこの今後ブランコと名乗るよくわからない女性とよくわからない協力関係?を結ぶことになった