表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
think you  作者: 寒ブリ
5/36

現れた求人

サッカー部の問題児である間宮優希に絡まれた

間宮と廊下で会った日から1週間ほどが過ぎた


新しいクラスメイトや新しい時間割に慣れてくる頃だが、皆基本的に1年の頃から仲のいい人同士で固まっている

かくいう俺も昼休みともなれば健太郎のところまで出向いて弁当を食べ始めるのであった


「そういえば前言ってたバイトが忙しすぎるっていうのは改善したの?」


「先週店長に頼んだよ。まぁなんだかんだ言って店長も俺だけのシフトは辛いと思う節があったんじゃないかな。行動は速かったよ。今日から新しい子が来るらしい」


「それは良かったな、今度花音にも伝えておこうか?」


「いくら文化部と言っても吹奏楽部は運動部並みにスケジュールギチギチだろ。ケンちゃんも気持ちだけ受け取っておくよ」


「悪いなコウちゃん。今回の件では力になれなそうだ。というかコウちゃんは今までが異常だったと再認識したわ」


「まぁな、そういうケンちゃんだって…」


「き、木戸!」


中学の頃から続くいつも通りの日常を一人の男の声が遮った。割と大きめな声だったのでクラスの注目を集めていた


「何か用でも?」


「えっと…ごめん何でもない」


用件を伝えることなく彼は去っていった。


「コウちゃんの知り合い?」


「山内正、同級生のサッカー部だ」

 

「そっか、コウちゃんに何か用でもあったのかな」


「さぁな、俺にはもう関係ない」


ガラガラーーーーー


今度は教室のドアを思い切り開けて花音が入ってきた


「こんにちはお兄ちゃん」


「こんにちは花音、因みに君のお兄ちゃんは今横で卵焼きを食べてるケンちゃんね」


「こんなばか兄知らない、私のお兄ちゃんはコウちゃんただ一人です」


「酷い言い草なんだけど」


実兄もこれには苦笑を浮かべるしかない


「それでわざわざうちのクラスまで何のようで?」


「そうそう、結構前から頼んでいた高級牛が昨日届いたの。せっかくだからお兄ちゃんもと思って」


「ナニソレキイテナイ」


実兄もこれには白目をむくしかない


「日曜日の夜で予定してるんだけどどうかな」


「あぁ、いいけどケンちゃんも…」


「やったぁ、じゃあ日曜日の19時ね‼︎」


無垢な笑顔を浮かべて彼女は教室を出ていった


「コウちゃん、俺日曜日の夜は部活で新入生歓迎会なんだけど泣いてもいいかな…」


「強く生きろ。ケンちゃんの分まで堪能してくる」


「そんな殺生な…」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



放課後


「じゃあ部活頑張れよ」


「焼肉…食べたい」


健太郎はどこか虚空を見つめてグラウンドに向かっていった。俺はそんな彼をただ見送ることしかできなかった

可哀想と思いつつも週末の予定にウキウキしている所に俺の肩が叩かれた


「木戸…」


振り返ると教室でまともに話すことができなかった山内がいた。常に何かに怯えているようで、俺と目を合わせることもできず声も自信なさげだった


「用があるなら手短にな」


「あの…できればなんだけど…サッカー部の新入生歓迎会に来てくれないかな?」


「ん?サッカー部の新入生歓迎会?俺がサッカー部を辞めたのは知ってるだろ。その催しに参加するのは明らかにおかしいと思うけど」


「お願い、そこをなんとか。日曜日の夜なんだけど」


「尚更無理だな、ちょうど先約があるんだ」


「そっか…ごめん」


彼は踵を返しグラウンドへと向かおうとしていた。サッカー部を辞める前からまともに話すことは無かった彼がこんな訳の分からないことを頼んでくるような性格ではないので裏で誰かが命令したと考えた方が自然だ


そして俺にはその命令を下す人物の心当たりは一人しかいない。俺はとぼとぼと立ち去っていく山内の背中を叩いた


「山内、よければ『もう俺に関わってくるな』と間宮に伝言してくれ。できないなら別にしなくてもいい」


 案の定『間宮』というワードに山内は肩を震わせた


「分かった、伝えとく…」


俺がいなくなったサッカー部がどうなっているかが少し気になりはしたが俺は山内に何かを聞くようなことをするのはやめておいた


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「こんにちは、あれ?店長いないのか」


バイトをするために裏口から店に入って休憩室を覗くといつも店長がいるはずなのだが今日はいないみたいだった

俺は作業着に着替え時間になるまで休憩室でくつろぐ


自分以外誰もいない密室

その静寂は俺にとって心地よいものに感じた。それと同時にふと何をしても許されるんじゃないかというよく分からない冒険心が掻き立てられた。その結果…


「今日も一日、頑張る○イ‼︎」


と大きめな声で言ってしまった。このセリフを放った某新入社員も周りに誰もいないという思い込みから悲劇が招かれたというのに、俺はその教訓を全く理解してないも同然だった


「えっと…木戸君?」


聞き覚えのある声なんてレベルじゃなかった。

部活での一年間、俺はこの声にずっと耳を傾けていたのだから


「神凪⁉︎」


振り返ると休憩室の入り口で俺の言動を目撃していたであろう俺の失恋相手、神凪志帆がいた


可愛い…では絶対なくて。なんでここにいるんだ…じゃなんか言い方強そうだし、やばい何言えばいいのかわからない!


俺は軽くパニックになっていた。

なぜ神凪がいるのか、また先程の言動を神凪は目にしたのか。冷静に考えればこの2つを聞きたいだけなのだが、あまりにも突然だった上に振り返り様に目があってしまい俺の心拍数の上昇はとどまるところを知らなかった


暫くの間何も言えない俺と神凪は気まずい沈黙が続く。さっきまでの一人きりの静寂とは全く質の違う静寂がその場を包んでいたがそれを打ち破ってくれたのは神凪の方だった


「えっと…私も頑張る○イ…」


消え入りそうな声で頬を赤らめながら彼女の放った一言

現実での出来事にこんな表現を使うのは抵抗があるのだが、これに『尊い』という形容が為されることを俺は知った


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「というわけで新しいバイトの神凪志帆さんです」


「よろしくお願いします」


作業着に着替えた神凪と店長の紹介により冗談ではないと理解した


「よろしく神凪さん、春休み以来だな」


「何知り合いなの?こんな可愛い子と知り合いなんてお前も隅におけないじゃないか」


「店長、そういうところがおばさんくさいって…」


そのときの店長の顔といったらもう満面の笑みでこっち睨んでました。文面では矛盾してるかもしれないけど事実なんです。ちょっとした冗談じゃないですか許してください


「…俺と神凪はサッカー部のプレイヤーとマネージャーの関係だったんです」


「二人の関係については分かったよ。君のおばさん発言はよくわかんなかったから今度他県のヘルプにでも行かせるよ」


/(^o^)\ナンテコッタイ


「じゃあ木戸は神凪に仕事教えてやってな」


「…はい」


「それじゃよろしく」


そう言って俺と神凪を置いて事務室へ行く店長

しかし年増の店長にはまだまだ理解が乏しいようだ。ヘルプの件なんてどうでもいいが、俺のような青少年が学校の女子、それも好きな女子と同じ空間に閉じ込めることの罪の重さを理解していなかったらしい。まぁ好きな女子とは伝えてないのだけれど


バイトのメンバーが増えたのに苦労が増えそうな予感がした


主に心労の面で



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



新人アルバイトという面で見れば彼女は文句の付け所のない完璧な助っ人になった

普段マネージャー業を日々こなしているからか、小回りが効くし多くの作業をすぐに覚えて手際良くこなしていた


「これ、どうやって使うのでしょうか?」


「ああ、それはここのボタンを押してから…」


俺は声をかけられるたびに心中では動揺していたが決して悟られないように努めた

しかし髪をまとめて曝け出されたうなじが特に強烈だし、表情変えず淡々と作業をこなす彼女の姿も眼福でしかなく無意識に視線が吸い寄せられるのは避けられなかった


(ダメだ‼︎よく考えろ俺‼︎神凪は彼氏持ち、変な気を起こしてはいけない‼︎)


俺は緩みそうになった顔を舌を奥歯で噛んで引き締める。絶対に気付かれてはいけない。もし気付かれようものなら最悪このバイトを辞めることに繋がりかねない


「…こうして終わり、分かった?」


「はい、ありがとうございます」


(神凪に感謝された…)


社交辞令だと頭では理解しているはずなのにドキドキが止まらない。なるほど恋の病の症状というのはとても厄介だと思った


が、ふと我に返るとキモすぎる思考回路だったと思い直し、そんな考えが及ばないよう作業に徹することにした



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



その日シフトが終わった後。俺は炭酸飲料を買う羽目になった


初日とは思えない神凪の働きぶりで作業量自体はかなり減ったが、やはり心の体力は限界に近かった


これからしばらくは神凪と一緒に働くのだろうが大丈夫だろうか

しかし人間とは『慣れる』生き物である。いつしか俺にも耐性がつくはず、と願うほかなかった


「お疲れ様でした」


見ると神凪が休憩室の入り口で学校の制服に着て深々とお辞儀していた


「お疲れ、仕事の方は大丈夫そう?」


「はい、色々教えてくれてありがとうございました」


「どういたしまして…」


俺の挨拶が食い気味な内に立ち去ってしまった。


これは部活やっていた時からだが神凪は基本的に誰に対しても敬語を使う。感情の起伏が無く成績は常に優秀、また美少女ということもあって皆圧倒的存在であると認める一方で関わりにくい、接しにくいという一面を持っていた

つまり誰とでも距離感を保ち他人行儀に接するのが彼女の性格である


そしてそれは現在彼氏であるはずの響也に対しても例外ではなかった

そんな事情があった中で2人が付き合ったのに違和感を感じたのは俺だけではないと思う


少なくともサッカー部の女子からすれば愛嬌のかけらもないが美しいというまるで人形のような子に響也を取られたと思うだろうし、男子からすれば俺と同じように打ちひしがれている人は多いだろう

しかしお互いスペックが同性の中で最高峰である事実があるため、異を唱えるような真似はできなく、認めざるを得ないのである


唐突に現れたビッグカップルによりサッカー部内の関係が多かれ少なかれ拗れているのは間違い。間宮の気性が荒れているのもそのせいかもしれないし、山内がその犠牲になっているのかもしれない


日曜日の新入生歓迎会。新入生がかわいそうでならないが俺には関係ない

その日は舌の上で溶けるような肉に舌鼓を打つ日なのだから













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ