俺はサッカー部を辞めている
元気溌剌な健太郎の妹、小林花音と下校した
「ありがとうございました」
このバイトも一人暮らしと同様無事1周年を迎えたので、作業自体は滞りなくこなすことができるようになった。この店舗では比較的に客は来ないほうなので俺一人だけで店を回すのも慣れては来たものの、日によってはどうしても手が足りない節ががあった
本当ならお辞儀の1つでもして丁寧に客を見送りたいのだがそんな暇があったら牛丼作る手を動かさなければならない。声だけかけて見向きもせずに作業に没頭していることに俺はちょっとした罪悪感を感じつつも仕事をこなしていった
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「終わったー」
辛いシフトを完遂した後は休憩室で炭酸飲料を飲むのがルーティーンになっている。普段あまり炭酸飲料を飲まない分炭酸の刺激が強く感じる。あと疲れた体へ糖分を入れると単純に生き返る
そんな感じでぐったりしている所に店長こと坂井さんが入ってきた
「店長、バイト増やしませんか?」
もちろん俺以外にもバイトはいるが他店舗に比べ明らかにバイトの数が少なかった
というか俺はともかく店長のほうが死にそうなのが見ていられない
「うーん、確かに混雑時は大変だと思うけど本当にやばい時は私も手伝っているしねぇ」
「そうは言っても今日だって来るのが遅かったじゃないですか。一人加わるだけで大分違うと思うんですよね。お願いします、この通り」
そう言って俺は普段お客様にできない分、ここぞとばかりに深くお辞儀してやった
「またそうやってヘラヘラと… 求人出しとくけど過度に期待しないでね」
「……」
「どうしたのよ。そんな訝しげな表情しちゃって」
「いや店長って相手がクズ男でもこういう風に頼まれたら断れないのかなとふと思いまして」
「このまま1人でいいのね?」
「すいません!お疲れ様でした」
俺は飲み干した炭酸飲料を捨てて足早にその場を去ることにした
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午後の授業を終えた。今日はバイトが無い
今まで俺の日常は学校、バイト、部活、家事、勉強、睡眠という要素だけで構成されておりそんな中で僅かに空く時間には主にゲームしたりテレビ見たりのような娯楽を嗜んでいた
しかし、今日はバイトが無く本来行くはずの部活を辞めたため今までではあり得ない大きな空白の時間を得た。つまり昨日とは打って変わって暇なのだ
空いた時間を何に使うか。勉強に使うというのが学生として理想的だが久しぶりの自由な時間をそんなものには充てたくない。それでもってゲームやテレビは素晴らしい娯楽ではあるものの、俺にとって半日程度では全くもって時間が足りないのである
「まぁ何が言いたいかと言うと、俺は時間を持て余していると言うことなんだよケンちゃん」
「コウちゃんにしては確かに珍しい現象かもね。と言っても俺は休みなく野球部だし花音も既に吹奏楽部に入ったらしいからなぁ」
「花音もダメか、自分これで友達全滅なんですよねぇ」
「コウちゃんの悲しい現実はともかく、本もそこそこ読んでるんだし図書館にでも行けばいいんじゃない?」
「図書館かー、でも放課後の図書館は受験生の巣窟だからなぁ」
あそこは血眼になって勉強している3年生の圧が強すぎて落ち着いて本なんて読めやしないのだ
「それなら市の図書館にでも行けば?あそこ結構面白い本多いらしいぞ」
「市の図書館なんて誰が使うかもわからず閑散としているイメージなんだが」
「まぁ行って見ろよ。友達が言ってただけで俺は知らないけど」
俺以外の友達がいるなんてこいつ裏切り者か?
キーンコーンカーンコーン
「それじゃあ強く生きろよコウちゃん」
「ああ、ありがとう」
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かくしてケンちゃんからのアドバイスをもとに俺は図書館へ足を運ぶことにした
現在今日の授業を終えてケンちゃんと軽く話したあと別れて掃除当番をこなし、いざ図書館へ行こうと廊下に一歩踏み出した時だった
「木戸、ちょっとこっち来いよ」
意味もなく高圧的に人を威嚇するようなこの口調。俺はこの口調の持ち主を知っている
「間宮…」
「お前部活辞めたらしいな。しかも大会の直前のこの時期に。これには相応の理由があるんだろうな」
間宮優希、俺と同級生でサッカー部に所属している。同級生や先輩は俺に対して殆ど干渉してこないのに対して、彼はよく俺に突っかかってくる
こんな風にあからさまに敵意を向けるのは俺に対してだけだ。ただし何かと反抗的で協調性もなく部内で単独行動を繰り返す彼は俺と違った意味で孤立している
「間宮に言う義理は無い、諸事情だ」
「それは大会に出れない程重要なのか?お前実はビビったんじゃねぇのか?」
「違うな、断言できる」
「そうか、先生もお前に腹を立ててるぞ。こんな時期に辞めちゃう弱腰野郎にな」
「先生からの了承は得ているぞ、その上で腹を立てられても俺はどうしょうもない」
ブラフではない。引きとめもせず承諾された。本当はチームのまとめ役である響也に相談するべきだったんだろうがあの時の俺にその選択肢は取れなかった
「さっきから口答えしやがって…お前自分が何をしたか分かって言ってんのか‼︎」
間宮は握り拳を作り俺に接近してくる。このままだと殴られるかもしれない
しかし、これでも1年間顔を合わせた人、それも所謂単細胞と呼ばれるような脳の持ち主の行動パターンはある程度理解しているのだ
「間宮、あれ」
そう言って俺が目線で示した間宮後方の方角に職員室前で恐らく体育倉庫の鍵を受け取る神凪の姿があった
「…チッ覚えとけよ」
それだけ言い残して彼は立ち去った
あれだけ威勢が良くてもこの光景を第三者に見られるのを極端に嫌うのだ
俺は間宮、そして神凪と会わないよう遠回りして結局家に帰った。図書館にはいつでも行けるし、何より色々と疲れたのだ
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サッカー部部の雰囲気は最悪だったと言えるだろう
間宮優希が問題の核であることは間違いないが、一概に彼だけのせいかと言われるとそうでもない
彼は相手によって態度を変える
顧問の先生、絶対的エースの響也、発言力のある先輩達、そして神凪を中心とした女子の前では敬語も使えるし暴言も吐かない。だが、彼らや顧問がいない時に自分よりも実力に劣る同級生の面々に対しては何を言っても
「うるせぇ!」
とか
「黙れ!」
の一点張りでまともに取り合わないのである
俺はもともと素人の状態であったが、間宮とレギュラー争いをするぐらいにまで成長した。そのことが余程気に喰わないのか、それとも休んでるくせにとかおもっているのか、はたまた全く別の理由か。それは定かではないがとにかく高校一年生の2学期くらいからだろうか。俺への当たりが強くなった
響也や先輩などの前で猫かぶりしていることが功を奏しているのか、決定的な咎めはなくこの問題が解決することは無かった
訂正、猫かぶりは全く功を奏していなかった。正直サッカー部の誰もがこの問題について把握していただろうが黙認していたのだろう。顧問も含めて…
俺はというとただでさえ浮いた存在なのに誰かに相談なんてできないし、俺にとってあの部活にいた理由は『部員と一緒に大会で勝ちたい』ではなく『神凪と付き合いたい』だった
逆境の中でも努力を続ければきっと報われる、いつか振り向いてくれるというのが唯一のモチベーションだったと言っても過言ではない
その唯一の目標を達成できなかった俺は一体何のために部活を頑張ってきたのか
もちろん俺の人生が部活だけに左右されることなんてあり得ないし、失恋も経験だ、なんて言ってしまえば俺の悩みは解決する。そもそもこうなってしまっては悩んだところで俺の望んだ答えはもう得られない
しかしそんな簡単には割り切れない。失恋という言葉がもたらすショックというものは実際に体験してみると恐ろしい程大きく、自分の行動の全てが否定された気になり、溢れんばかりの彼女への感情はその全てが行き場の無い感情へと変わり果てた
気付くといつの間にか日は落ち、部屋は真っ暗になっていた。こんなことならゲームやテレビでも見るべきだったと虚無過ぎる時間の過ごし方に後悔した
今後のサッカー部は俺がいなくなったこと、響也と神凪が付き合ったこと、そしてこれらに対する間宮の行動、来月に控える大会の存在と問題が山積みだ。しかし俺はそれら全てに答えを出すことを諦め考えることをやめた
もう俺には関係ない話なのだ。