悪意
1年の合宿の話。ハードな練習に耐えきれなかった孝太郎は倒れてしまい、練習を抜けて一人で歩いていると、これまた一人で何やら作業をしている神凪を見つける。
その時の俺の神凪に対する印象は女子マネージャーの内の一人という認識でしかなかった。逆に言うと彼女が俺の学校のサッカー部のマネージャーであるということは分かっていた。すると彼女が何をしていたかも推察できた
結論から言うと我々の体操服の洗濯である
本合宿では複数の学校が同時に同じ宿泊施設を利用し、合同で合宿を行っている。その際練習中にどこの学校の生徒であるかを示すために、体操服で練習する決まりとなっていた。しかし、二泊三日の合宿で多くの生徒が2着しか体操服を所持していなかった。故に3日目に備えて1日目に着た体操着を集めて各校のマネージャーが手洗いすることになると聞いていた。彼女はその作業の真っ只中なのである
うちのサッカー部のマネージャーは神凪含め4人であったが、彼女は一人で作業していた
「一人だけか?」
「…君は?」
「俺は木戸孝太郎。一応才城高校サッカー部。休んでばっかだけど」
そういうと神凪は得心のいった顔をしていた。どうやら名前の方は覚えてもらっていたが、顔の方は覚えられていなかったという具合らしい
「で、一人だけ?他の面子は?」
「一応分担という形で皆自分の分を終えて練習のサポートへ行きました」
『分担して他の人たちは終わった』と言う割には、彼女の隣にはまだ体操服が山のように積んであった
「一応可能性の一つとして聞くけどいじめられてる?」
「そんなことは…無いと思います。確かに体操着の分担量は極端に偏っていますが、あちらはあちらで他の作業をしてもらっているので全体的には平等なはずです」
「なるほど」
それを聞いて俺は神凪と体操服の山を挟むようにして洗濯を手伝い始めた
「あの。それでは私の作業が減ってしまって不平等なことになるのですが」
「真面目かよ。といってもこっちは手持ち無沙汰なんだ。練習中に倒れちゃってね」
「大丈夫なのですか?」
「問題ない。逆に暇なんだ。話し相手になってくれ。俺の看病してたってことにしとけばいいだろ」
「…あなたは私をそそのかす悪魔ですか?」
「大袈裟すぎるだろ.!!この体操服の山だって他のマネージャー達が洗濯をしたくなくて押し付けられた結果だろ。この不真面目な行いについてはなにも思わないのか?」
「私が背負う分には構わないです」
「そんなこと言うなって。確かにこのぐらいの皺寄せは可愛いものだが、世の中もっと悪意を持って他人を陥れようとする人が数え切れないほどいるものなんだぞ」
俺は実際にそんな理不尽な人に対面したことなどなかった。だからあくまでも一般論として忠告した程度のつもりだった。しかし、俺の言葉を聞いた彼女はまるで相当な悪意を持った人物に心あたりがあるといった風に神妙な面持ちをしていた。今思えばほぼ間違いなくDVを受けていたという父親のことだったのだろう。このときの俺にはそんな因果関係は知り得なかったが、極めて誠実であると伺える彼女をそんな悪意から護ってあげたいと思ったことを強く覚えている
そんな神凪を意識する切っ掛けがありつつ。2日目の練習が終わった
1日目と同様に夕食、入浴を済ませ、就寝時間に差し掛かろうと言ったときに事件は起きた




