梅雨の訪れ
ブランコから柊響也の父親である柊響堂は響也に対して過剰に結果を求めており、そんな父を響也は恐れているということを聞いた
響也のことを聞かされてからようやく解放された翌日。昨日は水族館での花音との出来事のこともあって正直クタクタだったので家に帰るなりすぐに寝支度だけ済ませて布団に潜り込んだ
おかげで朝にこなす家事の量が多くなって、登校時間ギリギリで教室に到着するのであった
「あ、コウちゃんおはよう」
「はぁ、はぁ、おはよう、ケンちゃん」
「おう。昨日はあれから長話でもしたのか?」
「そのことなんだけどさ。ケンちゃんはあの女の何を知ってる訳?」
「その誤解を与えそうな質問はやめろ。コウちゃんの指す『あの女』っていうのは?」
「ん?あんな特徴的な女と誰を比較してるのか知らないけどさ。ほら、TPOを弁えずに白衣を着ている女といえば分かるか?」
「あぁー。あの人は中々ユニークな人だよね」
「それについては激しく同意するが、ケンちゃんはどこで知り合ったの?ていうかあいつ何者?名前は?」
ここぞとばかりに健太郎に質問を浴びせてみるのだが、その反応はと言うと昨日のブランコを想起させるかのように深く首を捻って考え込んでいた。
「んー…知っているには知っているけどさ。いくらコウちゃんでもそうおいそれと言わない方がいい感じなんだよな。やましいとかじゃないんだけど」
正直ブランコにはぐらかされた時点で教えてもらえないんだろうなと思っていた。あいつは答えられる質問にはすんなり答えるのだろう。ケンちゃんが言い淀むのとブランコが教えない理由は恐らく共通しているのではないかと思うのだが、その理由については全く見当がつかない
「本当にすまない。あとコウちゃんが何をしようとしてるかもあの人から聞いた。こっちの話は全部秘密にしておいて申し訳ないんだけどさ」
「そうか。俺の方こそなんか隠してたみたいで悪かったな」
「俺は応援してるぜ。なんてたってコウちゃんの初恋だからな」
「そいつはどーも。因みにケンちゃんに教えてもらった公立図書館で俺はあいつと初めて会った訳だけどさ。ケンちゃんはあそこのことはどうやって知ったんだ?もしかしてケンちゃんもグルだったわけ?」
「いや。あの人と会ったのはつい昨日の出来事だし」
「それで絡まれたのか。災難だったな」
「もう驚くことばっかりだったよ。正直この場でコウちゃんに相談できないのがもどかしいぐらいなんだ」
「ケンちゃん、心中お察しするぞ」
「図書館については…コウちゃんなら言ってもいいか」
「まぁその人もブランコ絡みだと考えるとロクな奴じゃなさそうだけど」
「どうだろうな。コウちゃんも知っている人だよ。ずばり同学年の現サッカー部員である山内正。あいつが件の図書館によく入り浸っているらしいんだ」
「山内から?これまた意外な人物が飛び出したな」
山内正。俺たちと同じ2年生で、俺がサッカー部に所属していたころは当然チームメイトだった。ぶっちゃけた話サッカーというか運動全般が得意ではなく、内気な性格も災いして俺と同じように部の中では孤立していたように思える
俺の後釜として間宮からの嫌がらせを受けているようだったが、それでも彼はサッカー部を抜けてはいないらしい
この前は間宮の横暴に付き合ってられないと素っ気なく対応してしまったことは彼には申し訳ないと思っていたが、まさかここで名前が挙がるとは
「でも図書館について話した時ってケンちゃんはまだ山内と面識なかったよな?」
「俺も初めて穴場の図書館があるって噂を聞いたのは野球部の友達だったんだよ。ただまぁこれを言っちゃうと元も子もないんだけどさ。昨日その図書館では君の高校の山内正と仲良くしてるんだって話をあの…ブランコって呼んでるんだっけ?から聞かされたんだ」
おいおい。ブランコについて知りたくて探りを入れてたのにそこがブランコ発信の情報なんだったら、図書館にいたことから探りを入れるのはあいつにとって想定済みってことじゃねぇか
「肩透かしだったか…」
「でも山内って前に教室に来て怯えた様子でコウちゃんに用があるとか言ってたのだろ?あの小鹿のような性格の持ち主とブランコが繋がってるってどういう因果なんだろうな」
それは確かに。ちょっと気になるかも
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それからつつがなく授業を終えた。今日の転校生ちゃんはというと欠席…と思いきや遅刻して登校してきて3時限目から授業に参加していた。彼女もまた周りに壁を作るタイプの人だからだろうか。その遅刻の理由を聞き出せる人は誰一人としていなかった
それでも本当にただ地味なだけで、ある程度の協調性は持ち合わせていて周りとトラブルを起こすようなことはしないので、誰かから目の敵にされるなんてことはなさそうではあるのだが…
プライベートが窺い知れない。ようわからん不思議ちゃんである
まぁそんな謎行動を繰り返す転校生はさておいて。いつも通り昇降口で健太郎と別れた俺は家に向かって歩みを進め始めたところだったが、
「待ってください」
追いかけてきたらしい神凪に呼び止められた。不意に神凪と会うと凄く心臓に悪いなということを実感した。にやけそうな表情と上ずりそうな声を必死に抑えて振り返る
「神凪か。どうかしたか?」
「少々厄介な問題が発生したのです。この後お時間頂けませんか?場所を変えて詳しく話したいのですが」
少々厄介な問題ねぇ。こんなこと言われて引き受けるのは相当親密な関係でないとあり得ない気がする。しかし、逆に言えばこんなお願いをするのも相当気心おける人にしかできないと思う
もしかしなくても俺ってば結構信頼されてる的な?大体学校で話しかけられる時点で中々優越感に浸れるものだ。神凪が何を思ってこうして話しかけてきたのか本心が知りたいところである
まぁそれはそれとして俺が神凪からのお願いを断ることなんて万に一つもない!!
「分かった。場所は決まっているか?」
「はい。駅前のス〇ーバックスで大丈夫ですか?」
「了解。じゃあ行こうか…ん?」
俺の頬に伝わる冷たい感触。そのまま頬を滑って、それは俺の顎から滴り水滴と化した
「雨ですね。もうじき梅雨入りとのことでしたから」
「そうだな。今日は午後から降るって予報だったよな」
そう。俺は今朝確実に天気予報を見ている。そしてそれを認識しており、行動にも反映させているはずだ。洗濯機を稼働させていた時に天気予報を見た俺は雨を警戒して洗濯物を部屋干しにしているのである
だから言い訳ではなく、絶対にこの雨について知っていたはずなのである。そして外出中の雨に対応できる折り畳み傘を玄関に置いた記憶まではあるのだが…
学生鞄の中を隈なく探してみたものの、お目当ての折り畳み傘は見つからない。そんな俺の隙に付け込むかのように雨足は急速に強まり、俺が折り畳み傘を忘れたのだと知覚したころにはザーザーと音を立てるような大雨になっていた
「……」
「……」
神凪はどうやら折り畳み傘を持ってきているらしい。ご丁寧に鞄の上の方にでもしまっていたのだろうか。肩にかけた鞄から器用に折り畳み傘を取り出していた
どうするんだこれ?相合傘とか腑抜けたことを言っていられるような状況では断じてない。大体傘を借りる側っていうのがダサすぎるし。仮にそういう話になったとしても結構な雨量だから神凪の折り畳み傘だと二人で入ろうものならちょっと肩が濡れちゃうなんて可愛らしい被害じゃ済まないし
悩んでいる間もどんどん雨は強くなった豪雨を前にして途方に暮れていたところへ、流石に部活が中断となってずぶ濡れになりながら戻ってきた健太郎が来た
「お取り込み中か?」
「情けないことに傘がない」
「それは一大事じゃねぇか。これ使え」
「ケンちゃんはどうするんだよ?」
「これとは別に折り畳み傘あるから気にするな」
「じゃあその折り畳みの方借りるって」
「いいからいいから。あんまり彼女を待たせるのも良くないだろ」
「こんな時にからかうなっつの。マジで助かる。ありがとう」
「どいたしwelcome」
「日本語でおけ」
持つべきものは友ということだろうか。なんとか窮地を乗り越えられそうだ。健太郎の大きな体躯を想定した傘は正直オーバースペックと言わざるを得ないぐらいデカかったがこれで無事に…
「すいません。私の折り畳み傘が壊れてしまっているみたいです」
「え?」
ご都合主義とは言うまいな




