花音へ
木戸の励ましをきっかけに花音は徐々に現在の明るい性格を形成していった
木戸視点および時系列が戻ります
俺は今こうして花音に抱きつかれてようやくその気持ちに気付くほどの鈍感野郎ではなかった
3年程前に花音と出会った俺。当時の花音は今では考えられないぐらいに陰鬱な表情を浮かべた少女だった。健太郎と仲良くなってから妹がいると聞き、それが両親もお手上げの問題児だという話だった
気にしなくていいからと言外に遠ざけられてる感覚を覚えたので最初はあまり関わらずにそっとして置いたほうがいいのかなと気に留めることも無かった
しかし珍しく雪の降った日に健太郎の家へお邪魔させてもらった時、偶然出会った花音の第一印象はといえば『似た者兄妹』だった
2人とも小さなことに大きなコンプレックスに感じていただけだった。花音の場合は自分に対する周囲の印象、健太郎の場合は自身の身長についてだった
俺は初めて花音を見たときに確信した。花音の本質はこれではないと。彼女も健太郎と同様に変われる人間だと。そして本人も何処かで変わることを望んでいるのだとも
だから俺は花音を変えた。今のような見るものを惹きつけるような笑顔が作れる花音に
花音は俺のことを英雄視していた。俺のことを地の底から自分を救い上げたヒーローだと思い込んでいる
と言っても俺が与えたのは些細なきっかけに過ぎない。潜在的に持っていたものを呼び覚ますちょっとしたきっかけであって、花音が多くの友達を作るのにした俺の仕事量なんて1%にも満たない
俺は考えた。花音にはもっと相応しい相手がいるのだろうと。自分みたいなただのお節介焼きよりも魅力的な相手が見つかるだろうと
そんな今思えば馬鹿みたいな理屈を本気で信じ込み、俺は花音が俺のことを恋愛対象として見ていることに気付いていながら素知らぬフリをしていたのだった
しかしそれが愚かな考えであったことにようやっと分かった。きっかけは俺にも好きな人ができたこと、つまり神凪のことを好きになったことだった
仮に俺が神凪に告白したとしてその返答として
「木戸君にはもっと適した人がいると思いますよ」
なんて言われたら俺はどう思うのだろうか
消化不良。そんな答えは求めていない。はっきり断られるならいざ知らず、こんな流され方をされたら納得いかない。何故なら俺の中で神凪が最も『適した人』であるから告白をするのである
つまり告白を受ける側、その身に余る想いを伝えられた側というのはその想いに対して真摯に立ち会う義務が発生するのだと、俺はこうして理解した。そして俺は今までその義務から逃げるための言い訳をしていたのだと遂には理解した
とはいえ花音のことを思えばこそ、俺は自分の心情をすぐに伝えるべきだっただろう。『断る』という答えを提示するべきだっただろう。花音を無為に悶々と悩ませ続けることになるから、報われない気持ちを抱き続けることになるから、そして何より俺が花音の気持ちを察しているのだから
だがそこでも俺は怖気ついた。またしても逃げる選択をとった
俺が神凪のことを好きだと自覚してから、俺は花音の受験勉強を手伝うことになった。もう家族ぐるみの仲であった木戸家と小林家。涼子さんから依頼を受けて、断ることはできなかった。だが内心は穏やかなものではなかった。花音と会うのが億劫になっていた
そんな俺の考えをよそに、俺を出迎える花音は満面の笑みを浮かべていて。普通なら眩しく映るはずのその笑顔が俺の胸を締め付けるかのような錯覚を覚えた
俺が花音の気持ちにずっと気付いていたと、そしてその気持ちから目を逸らしてきたのだと花音が知ったらどう思うだろうか。出会った頃からお兄ちゃん面して説教垂れてきた本人がこんなことをしてきたと、実は花音を避けていたなんて知ったらどう思うだろうか
悲しむだろうか。怒るだろうか。軽蔑するだろうか
俺は今からそんな花音との現状に終止符を打たなければならないらしい。それも俺より心理的ハードルが高いはずの花音に行動を起こさせた上で
花音にどう思われても仕方のない事をしてきたという自覚はある。だが、それでも花音には失望されたくない。そんな身勝手な感情を抱えつつ、俺は後ろから抱き着いた花音と向き合った




