微笑み
現在の状況に至るまでに神凪が父親からDVを受けて、それを響也の父親が響也と婚約することを条件に引き取るというのが神凪と響也が付き合うフリをすることに繋がったと明かされる
「悪いな。嫌なことを思い出させてしまって」
「大丈夫です。寧ろ話すことができて気持ちが楽になった気がします。それとこのことについては他言は控えて頂きたいです」
「それは勿論わかっているが、それを言うならどうして俺にはこのことを話してくれたんだ?」
正直ここまでの話とは想像しておらず、こんな話をしてもらうには神凪ともっと親密になって信用を得る必要があると思っていた。わざわざ学校では付き合うフリをしているのだから婚約をしているということは隠しごとであるはずだし、またDVの過去についても神凪自身も言っていたように他人には触れられたくない事であることなのだ
そういったハードルを乗り越えてまで俺に話すというのに俺自身少し違和感を感じている
「言葉で説明するのは難しいのですが…父から暴行を受ける際に人の狂気というものに触れたからでしょうか。私はそういった人の危険な雰囲気みたいなものを感じ取れるのです」
「なんだそれ。文字通りの第六感ってことか?」
「そのようなものです。私からすればどんな人でも多かれ少なかれこの『危険な雰囲気』というものを孕んでいるのです。当然周囲の人間がすべて父のような残忍な性格をしているとは思っていませんが、私に対して恐怖、嫉妬、劣等感などのようなネガティブな感情を各々抱いているのだと思います」
「それで。俺のことはその第六感的にはどう見えている訳?」
「…木戸君からはその『危険な雰囲気』というものが全く感じ取れないのです。私にとってそのような人物に出会うことは初めてでした。それ故に木戸君が部活にいた頃は私の感覚的に一番警戒せずに済むはずの木戸君のことを逆に警戒していました。そんな中で柊さんの父から斡旋されたバイト先に木戸君がいたときは正直焦りました。木戸君の鋭い洞察力もあって追い詰められたことをきっかけとして色々と相談することを決意しました」
「…そうか」
「あの…私のこの感覚の話なんて木戸君からすればいきなりすぎるというか。こんな荒唐無稽で根拠もない事を信じてもらえるのでしょうか?」
そういった神凪は表情筋こそあまり動いてないにしろ、口元が僅かに硬直していて視線は大分下の方を向いていて、その顔からは明らかに神凪の『不安』が感じ取れた
「神凪ってさ。自分でも感情を殺しているなんて言っていたけど、案外わかりやすいよな。父親の秘密に触れたり触れられそうになると怖がるし、想定外のことが起こると驚くし、映画が面白かったらすごく楽しそうだし。今だってなるべく表情には出さないようにしているんだろうけど、俺に自分の発言が信用されるかがわからなくてビクビクしているのが色んな情報になって漏れ出てる。だから神凪の中では周囲の人間に対する印象とか自分の感情に対してひねくれた考えを持っているのかもしれないけど、俺から見れば結構素直な性格してるんだよな」
俺の神凪に対する正直な印象である。基本的に思ったことはズバズバ言うし、DV関係のことを除けば隠し事をしない。言い換えれば神凪は嘘をあまりつかない人だと言えるかもしれない
「だから神凪が言ったことは信じるよ。その神凪の嘘偽りのない感情が根拠になる。自分ではポーカーフェイスとか思ってるのかもしれないけど、意外とババ抜きとか弱かったりしてな」
「…これは一本取られましたね」
先ほどまでの不安そうな表情が消え、無感情に徹しようとするその顔から『笑みが零れた』
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「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
話がひと段落したところで切り上げて、俺たちは前回と同じように寝床について消灯した。俺は椅子なんだけども
暗闇と化した室内で神凪との会話を振り返る
ひとまず今後の方針に響也についても色々探ることを追加する必要が出てきたといったところだ
神凪と響也に婚約をさせたという響也の父親に迫るための唯一且つ最大の接点となるだろう
だがそんなことよりも神凪の方だよ!
俺について凄く語るじゃないか。ブランコの言っていた『特別な存在』というのは神凪の第六感で俺からは『危険な雰囲気』を一切感じないということを指していたのだろうか
俺がサッカー部にいた頃だって理由はともあれ神凪って俺のこと滅茶苦茶意識しているよな?
よくわからんが好感度が上がっていってる感じがしているのは俺だけだろうか
それに神凪が少しではあるが笑ったあの瞬間!
俺の中で幸福に関する脳内物質がドバドバ生成されていた気がする
それらがいまなお作用しているのか、劣悪な環境であるはずなのに俺はすぐに眠りについた




