嘆きの夜
前回のあらすじを書いていきます
才城高校に通っており、2年生となった木戸孝太郎は親友の小林健太郎から木戸が好きだった神凪と柊が付き合ったと聞かされる
友人から衝撃の真実を耳にした後、俺は部活なんてする気になれず沈みきった面持ちを浮かべ教室でたった1人佇んでいた
神凪志帆、整った顔立ちで成績も優秀なこの学校トップレベルの美人。表情及び感情に動きが無いことに定評があるが哀しいかな、この世の恋愛偏差値において愛嬌というものが無くても問題ないということが証明されてしまった。つまるところ彼女のことを好きな男子は多い。俺もその一人
柊響也、うちのサッカー部のエースで神凪程で無いにしろ頭はいい方。誰とでも分け隔てなく接してみんなを率いる非の打ち所がない天才
備考:イケメン
この世の中は数え切れない程の要素によって運命は左右されるが、その多くは誤差に過ぎず圧倒的な一つの要因の前に淘汰されるのだ。俺だって今までこんなあまりにも酷過ぎるこの論理を受け入れたく無かったし、否定もしていた。しかし、現実はどこまでも非情なものだ
つまり何が言いたいかと言うと…
「『結局は顔』とでも言いたげな顔だな」
「はぁ…」
長文色々並べ立てて俺が考えていたことは健太郎のその一言に集約されていた。
「心中お察しはするが元気出してくれ。悲しい事だけじゃないぞ、俺達また一緒のクラスだ」
「はぁぁぁ…」
「新しい出会いでも探したら?」
「はぁぁぁぁぁ…」
「ダメだこりゃ、それじゃあ今日はうちにでも来るか?」
「あー、バイト入れちゃってるから無しで」
「おう、頑張れよ」
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俺はその日のうちにサッカー部を退部した
失恋したからと言うのも否定はしないがそれ以外にも理由がいくつかある
その内の一つは俺の家族事情がちょっと特殊だからだ
俺は東京生まれの東京育ちだが、中学3年の冬頃に父親が大阪へ転勤することが決まった。折角今まで志望してきた才城高校への受験前に引っ越すのは良くないということと、父親は家事全般が出来なくて寧ろ俺の方が生活力があるため、両親が揃って大阪に移住し俺は取り残される形と相成った
勿論毎月仕送りが送られるのだが、家計簿もつけてない父親の裁量で送られる金額では明らかに足りずバイトで賄っている
仕送りを増やしてもらおうとも思ったが引っ越しした直後は生活するのにどれぐらいのお金がかかるか知らなかったから自分に無駄な出費があるかもしれないと思ったし、すぐに親に泣きつく根性なしに思われるかもとか見栄をはっていて言い出しにくかった。高校に入った後すぐバイトは見つかってそのまま今日まで変わらずやってきたら、今度は今更言い出しにくくなってしまった
因みにバイトは牛丼チェーン店である。
「お疲れ様です、店長」
「お疲れ、部活辞めた分シフトいれるんだって?」
「そうですね、やっぱりお金はあるに越したこと無いですし」
「真面目だねぇ使い道はあるの?もしかして女?」
「……」
「もしかして私地雷踏み抜いた?」
「思いっきり踏み抜きましたよ、でも店長が相手だとこの地雷作動しないんですよね。なんか仲間に思えるというか。店長にも同じ地雷があるんですかね」
「それは40代独身への当て付け?もしそうなら今日の働きは無しになるけど」
どうやら地雷をより深く踏みぬいたのは俺の方だったらしい
「勘弁してください。この通り」
「冗談よ。調子は良さそうね、次も宜しく」
「はい、さようなら」
彼女は店長の坂井桐子さん、近所に住んでいてこのバイトもそのよしみで誘ってもらった形になる。年齢の割に若く見えるし綺麗な方だと思うのだが長いこと俺と同じように一人暮らししている
本人曰く昔は引く手数多だったとかなかったとか
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「ただいまーって誰もいないけど」
食料を買い込みエコバッグに詰めてそれをキッチンに運びそれぞれ保存する高校生の姿がそこにはあった
2年目を迎えた一人暮らしだが大分慣れてきたと言っていい。帰るとまず手洗いうがいして、洗濯の取り込み、買ったものを冷蔵庫に入れてそのまま料理
出来た肉じゃがを神凪と囲む食卓…なんて馬鹿げた妄想は今日で止めるべきなのか
正直言ってあの2人の組み合わせに驚きは無かった。同じ部活に所属するエースのイケメンとマネージャーのマドンナ
側から見てもお似合いのカップルだ、男性人気1位と女性人気1位が付き合って寧ろ平和的なのかもしれない
俺はいつしかあいつらがくっつく運命だったんだという考えに支配される、というか逃避していた
(あの2人なら文句は言えない…)
(俺があの間に入る余地は無い…)
そうやって自己暗示をかけていた
しかし倍率が高いから、手が届かないからなんていくら言い訳を重ねても『好きだった子が他の男と付き合った』という事実を消すことは出来ず、俺は人生初めての失恋を大いに噛みしめていた
そして俺の中で何かの糸が切れたのか、食べかけの肉じゃがを残して外に走り出した
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「なんで俺じゃ無いんだぁぁぁーーー‼︎」
家の近くの人気のいない河川敷。春先とはいえ夜になって冷え込んだ空気が冷静になった今になって俺に肌寒さを感じさせた
目には涙が浮かんでいた。死ぬわけでも無いのに走馬灯のように彼女との思い出が脳裏に流れてきた
日々の苦しい練習、大会、クラスのグループディスカッションやレクリエーション、文化祭、体育祭、そしてそれらの打ち上げなどなど
実際に神凪とコンタクトをとったのは部活の集金で話しかけられたり、席が近い時の昼休みに少し視線を向けられたぐらい
加えて誰にでも淡白な表情をとる彼女の言動に俺への脈は一切感じられなかった
というか男の噂すら一切無かったのに…
「帰るか…」
一通り思い返し、涙が乾いてきた頃に俺は1人で帰路についた