驚き
転校生として木戸のクラスに館林理乃が来た。GWの最終日に花音と健太郎の二人と夕食を共にする約束をした
「先日のデートは失敗でしょうか」
現在はバイト中だが、神凪が作業をしながら話しかけてきた
神凪の中で自分から、それもすぐにでも俺に聞きたかったということだろうか
そうだとすれば俺は『頼られている』ということになるのだが…
そんな期待を抱きつつ、俺は神凪の質問に答えることにする
「『それは周囲から神凪と響也が交際しているように見えるようにする』という目的達成の観点からか?」
「はい、私自身の言動についてはその目的に則したものか測れませんが、少なくとも柊さんの言動からしてあまりよくなかったかと」
「いや、必ずとも失敗とは言えない。寧ろ反応は上々だと言えるぞ」
「…?反応とはなんでしょうか。学校で聞き込み調査でもしたのですか?」
「確かに学校でもある程度噂されているが、それよりもSNS上で盛り上がりを見せているな。神凪たちの行った所は俺らの高校から近い。だから休日ともなればあそこを利用する生徒は結構多い」
「なるほど。そのような多くの目があの場にあったというわけですか」
「そういうことだ。キッズルームで俺と会った所は流石に見られてないと思う。俺の探した範囲では俺と神凪について言及するような投稿はなかった」
それはもう血眼になってそのような投稿がないか探した。結果として本当になかったわけだが、世論が神凪と響也の関係を肯定する人間が増えているという事実も同時に知り焦りを生む結果にもなった
「しかしあの日の柊さんは普段の様子と明らかに違いました。その説明はどうするのですか?」
「俺はあの一日を通して二人を見ていたからこそ、その事実にたどり着いた。だがさっき俺が言った神凪たちを見た才城高校の生徒というのはそこまで二人を注視していたわけではないだろう。あくまでたまたま見かけただけだ。柊の異変に気付けたかは怪しい。それにみんな柊に対する信用はかなり厚い。事実は神凪を恐れているとのことだが、寧ろ神凪の前で照れているんだなんて風に補完している投稿すらあった」
「そのように見られていたのですか。確かに良い傾向ですね」
周囲まで二人の関係を認めさせるのが神凪の目的だ
しかしそれが順調であるというのは俺にとっては非常に困るのである
だからといって今俺が神凪とこうして話しているのはその目的に対して協力関係にあるからであり、協力を惜しめばその唯一の接点を失うことになりかねない
ジレンマというやつである。あちらが立てばこちらが立たず
神凪の目的を否定する選択肢は取り返しのつかないことになるかもしれない以上、取り敢えず協力していくしかない
「そういえばあの日映画を見る前にスカウトされてたよな」
「はい。一応貰った名刺は保管していますが」
「あの人のことは知ってた?」
「いえ。木戸君は知っているのですか」
「まぁある程度な。あの人は星海花蓮っていう今凄く話題になっているアイドルをプロデュースをしていて、類まれなる才能で巨万の富を積み上げている人なんだよ」
「そうなのですか」
「ああ。だから彼からのスカウトなんて勝ち組人生への特急券だ。みんな喉から手が出るほど欲しいモノなんだよ。だから彼のこと知らずに断ったなら、彼の提案には一考の余地があるんじゃないかなって」
神凪がアイドルになるのは正直に言うと御免被るが、彼から誘いを受けたことが凄いことなのだとも教えてあげたかった
「……」
神凪は長考していた。もしかして本当になるのか!!と思っていたのだが
「その…明確に断った理由を挙げられないのですが…他の方にとっては喉から手が出るほど欲しいのであれば私がおかしいということでしょうか…」
不安げな表情を浮かべながらそう言った
「そんなことはないだろ。俺たち高校生なんて将来何になるかを明確に決めている人はほとんどいない。神凪が断ったのはその膨大な選択肢から選べるはずの未来を一つに確定させるのを恐れたからじゃないのか?」
「私が…そんな風に…考えたのでしょうか?」
「ごめん、ちょっとテキトーなこと言ったかな」
「い、いえ。その通りだと思います。驚きました。私自身よくわからなかったので」
「確かに。今の神凪まさに驚いたって顔してるよ。別にそんな特別なことは言ってない。俺も神凪も、俺たちぐらいのやつはみんなそう思う人は多いんじゃないか?あと手が止まってるぞ」
「あ!すみません」
その時の神凪の驚いた表情は印象的で、今まで見たことがないくらい目を見開いてこちらを凝視していたが、俺の一声ですぐに視線を手元に戻した。そして先ほどの俺の言葉を嚙み締めているようだった
俺は何か神凪の中で響くようなセリフでも言ったのだろうか。その真意は分からず仕舞いだったが、神凪の表情が大きく動いた一幕であった




